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竹田青嗣のことなど

というわけで、少しいろいろ読んでみるかというので、竹田青嗣の『現象学は<思考の原理>である』ていうのを、鷲田の『メルロ=ポンティ』と平行して読み始めた。で・・これってホントかね? ってのが第一印象なんですが・・ま、きわめて明快で鋭利であって、面白く刺激的であることは疑いないが。竹田青嗣って有名だけど私はこれまで全然読んだことがなかった。たしかに、現象学を「世界の信憑構造を明らかにする視点」ととらえるのはなるほどと思う。しかしあまりにもアッサリとフッサールの純粋意識の問題を「本質的ではない」などと断言していますが・・う~ん・・私が現象学について今まで持っていた印象は、「これは世界がそこに生成しているということの<謎>にぶちあたるという思想である」というものだった。そのことは後期ハイデガーやメルロ=ポンティから導かれた見方なのだが、竹田はこうしたとらえ方を完全に打ち砕こうとしているわけだ。そこにはどうも「存在の神秘性」に関する感性が希薄なのではないかという疑いが残る。竹田の『現象学入門』なんかずいぶん読まれているようだが(実は私はそれも読んでいませんで(^^;)、彼の現象学論はかなり「異端」と言っていいように思う。いい悪いは別として。スタンダードではない。竹田の本だけじゃなくて、フツウに木田元や新田義弘も読んだ方がいいよ、というわけですが・・ そういう存在生成の謎にぶつかるという感性は、鷲田にはかなりあるように読める。

現象学が行きづまった? ように見えるとしたら、それは存在生成の謎が解きがたいものだからであり、初めから解答の期待できない問いであるからかもしれない。メルロ=ポンティの思考をつきつめると、鷲田が言うようなリバーシブル、つまり内と外が可逆的であるかのような一種の「皮膜」のようなところへ行き着かざるを得ないのかもしれない。しかしそういう地平ならデリダなんかも到達しているわけだし。そのあたりが現代思想というものの基本的な限界だろう、と私は見ていて、そういう見方に達したのが10年くらい前だったから、それ以降はあまり現代思想系の勉強はしていなかったのであった。

しかし竹田の本で明快になることもいろいろあって、その大きなものは、主観と客観との一致という意味での真理性が問題じゃなくて、世界の構造を基礎づけるのではなく、むしろ「私たちはなぜ世界がそのようであると信じているのか」という問題だと理解することの重要性である。何が真の世界か、世界の正しい像を描くことができるか、という真理性の問題ではなく、なぜ私は世界がそうであるという確信を得るのか。ここにはニーチェ的な思考の影響を感じるが・・つまり「正しさ」ではなく、価値の創造が問題であるということ。これには全く反論はない。

この考え方の射程には、「私にとって絶対的に真実と思われる体験」をどう扱うかという点で、スピリチュアルな体験の意味を哲学的に問うていくきっかけが含まれているかもしれない、と感じる。もちろんこの場合、現象学の拡張である。ある体験においてスピリチュアルな次元の存在が確信されるとき、それは通常の意味での「知覚」ではないからだ。だがそれは紛れもなく、知覚としての性質をそなえてはいる。それがその体験者に対して与える真理性の確信は、普通の事物が「実在世界」についての確信を与えることと、原理的に区別する理由がないからだ。つまりそこに「霊的経験の現象学」が成立しうる可能性があるかもしれない。このテーマを、もう少し考えてみたい。

竹田の思想を、正しいか誤りであるかと言っているわけではなく、ただ、世界存在の謎ということに関しては、「それだけでは物足りない思想」というように表現できるかもしれない。まあ、凡百の哲学解説書よりも読むに値することは確か。ただ、この現象学はあくまで竹田現象学であって、そういうことをフッサールが言っているんだ、とまで主張できるのかなあ・・という疑問は感じた。ただ、私はフッサールのあの奇怪な言語をあまり読む気はしないので、確認はしないが。

私には非西洋的な世界が見えている。それは「深層身体の知」とも形容できるのではないか。その世界は深い。中国、インドから神道、シャーマニズムまでの広範な世界がある。
その世界へ現代思想から斬りこもうとしたのが中沢の『チベモツ』であったが・・既に過ぎ去ってしまったもの、という感じ。それは彼が武器としたクリステヴァなどが、所詮はこういう東洋的宇宙の深みに達するには力不足であったということ。
それではどうするか? といえば、もう一度「世界はいかにして生成するか」という問いから再出発し(これは『魂のロゴス』の章のタイトル)、唯識的な世界との接点を探っていく道筋が考えられる。

また、湯浅泰雄の『気とは何か』をちらっと眺め直してみたが、ここには現象学的な議論がまったくない。

まだまだ前途は遠い感じがする。夏休みに書き始めることができるだろうか。

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