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クララとの対話

ひさびさにまた、シェリングの「クララとの対話」を読み始める(キリスト教神秘主義著作集16「近代の自然神秘思想」教文館、所収)。やはり、これはいいです。独特の「光」が入っている。

シェリングは早熟の天才で、二十代半ばにして自然哲学の本を矢継ぎ早に書いたが、この対話は妻の死を受けて三十五歳くらいに書かれたと言われている。ところがシェリングはその後死ぬまで、講義はしたがまとまった著作をほとんど残していない。この「クララの対話」では、「哲学の叙述形式」について疑問が出され、「なぜこのように書いてはいけないのか?」と問われている。この対話もまたついに発表されなかった。いわばこの書は、人前に出る時の外出着を脱ぎ捨てた、生身の姿が現れているのではないか。私はこの書を見て、「魂のロゴス」をあのような形式で書くことを決意したわけであるが・・

ということで、またBGMをショパンのピアノ協奏曲にし(このところのお気に入り)、おもいきりロマン主義にひたっているようだが、ロマン主義決してばかにすべからずである。なぜなら、それは人間が生きるということ自体の意味を深く問うことであって、そこに「ドストエーフスキー的なるもの」も漂ってくるのである。シェリングの主著と言われている「人間的自由の本質」は、そのテーマとして、「宇宙は絶対的な叡智から生ずるのに、なぜ人間の世界には悪があるのか」という、はなはだ神学的・倫理的なことを論じている。そしてその人間の根源悪を乗りこえるものとして、「光」が人間には与えられてある、ということを言おうとしている(らしい・・それほど読み込んだわけではないので、たしかなことは言えないが)。ロマン主義とは高揚した感情に浸るだけではなく(それももちろんあるが)、自分の中に、制御しがたく存在する悪、衝動的なるもの、不可解な不気味なものの存在に気づいていることであり(これは精神分析につながる)、それを超越するための光や神的なるものを求め、それを自分の中、世界の中に発見するという精神のダイナミズムである。その時、そうした自分の内部における葛藤は、そのまま宇宙的なシアターにおける葛藤でもある、という直観がここにある。こういうことを頭に置けばロマン主義の思想や芸術は理解しやすい。ユングなんかもロマン主義そのものであることは明らかだろう。ただシェリングは、ただ感情的なものだけでなく、それを認識の光にもたらすことにもこだわっている。「イデー」と化すことにより、それを定着させようという試みである。

実は、「人間的自由の本質」には、ベーメの影響もあるという(ヘーゲルもベーメの影響を受けていたのであるが)。たしかにベーメの書いたものを見ると、異様なほど「悪」にこだわっている。そこが、他の神秘主義者との大きな違いである。ライプニッツやスピノザなどの調和的な世界観とは大きな違いではないか。

従ってシェリングもベーメと同様(ベーメほどの神秘的直観には達していなかったにせよ)、宇宙の根源には絶対的な叡智が存在することへの直観的確信を持ちつつ、この世界の不完全性に突き当たり、「悪」が存在する現実の中で、その「悪」が転回され、ふたたび絶対的な愛へと収束されることを憧れて止まなかった人なのだ、と私は思う。こういうロマン主義は「時代遅れ」なのか? だが今の思想家のどれだけが、こうした形而上学的な悪の問題と必死に格闘しているのだろう。そういう問題意識は、絶対的な叡智と愛が実在することを直覚しないかぎり、訪れることはない。そうした基本的な感性そのものが鈍化しているのがおおかたの状況で、そうした感性が何もない人が「哲学者」として通用しているということを、手放しで肯定するべきであろうか。それが私の率直な感想である。「人間はどうせこんなもんだ」と考える限り、そこには何の葛藤もないし、思想もないのである。(なお私は、独自の直観から思索を展開している人だけを「哲学者」と呼び、そうでない人は「哲学研究者」と呼び分けることにしている)

話を「クララとの対話」に戻すと、この作品は必ずしも悪をテーマにしているわけではなく、むしろ「死者との対話」がテーマである。それは、妻の死を受けてきわめて個人的に書かれたものだからだが、しかし、この作品はシェリングの書いたものの中でも最高傑作の一つであろう。本来彼はこうした芸術的才能に恵まれていたのであり、四角四面なアカデミック哲学の文体では自分を表現しきれなかったのではないか。それが後半生の沈黙につながっていったのではないか。ともあれ、ここでは「根本直観こそ哲学の基本でなければならない」というベルクソンの主張もうなずけるものを感じるわけである。

ここでははっきりと「魂」について語られている。魂が人間の本体だという明確な認識に立ち、「霊・魂・体」という神秘学的な三元的認識が確立している。

しかし年表を見ると、「クララとの対話」執筆は「1800年・文化十二年」であり、江戸時代である。ベートーヴェンの時代に近いと思うが、確かに、精神的にある類似性も感じる。この時代の文化がなつかしいようにも思われる。あまり臆することなく、真面目に形而上学を語ることができた時代であった。なぜ現代の思想は、あれほどまでに形而上学を忌避するのか。神や宇宙の叡智を語るのに、なぜあれほどまでに屈折しなければならないのか。それだけ困難な時代なのであろう。今ではシェリングの思想でさえ「神秘思想」の中に入れられてしまうわけだが、まあそれならそれでよい。私もまた「神秘思想家」への道を歩むのである。

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