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ギリシアの問い

その他、古東のギリシア思想の本につづいて、細川亮一の『ハイデガー哲学の射程』(創文社)と『ハイデガー入門』(ちくま新書)も読む。これは、ハイデガーの哲学(前期の『存在と時間』が中心だが)は、ギリシアにおける「存在への問い」に定位しているんだよ、という話を一生懸命している本である。特に後者は一般向きだということで、しょっちゅう、「と、ここまでの話は難しかったかもしれないが・・」とか「読者はとりあえず・・ということだけわかってくれれば十分である」などと、書いていることがむずかしいかもしれないというのをすごく気にしているのがちょっとおかしかった。どうも私たちは、「現代思想」などで、ギリシアの形而上学こそ諸悪の根源だ、などという見方をすり込まれているようだが、実はギリシア思想の根本は「存在がそこにあるということ、への驚きと、それへの問い」であったということをしっかり理解していれば、細川の解釈もまったく当然のことに思われてくるのである。その意味で古東の『現代思想としてのギリシア哲学』と合わせ読むと理解が深まる。それにしても細川は「ハイデガーの哲学は新プラトン主義的である」とか「ハイデガーは光の形而上学の伝統にある」などと言うので、すっかり頭がシェイクされてしまった。これはもう一度ギリシアについて考え直さなければならないことを意味する。パルメニデスの存在の問い、プラトンのイデアとはハイデガーの言う「存在」ではないかということとか、アリストテレスのいう「能動的ヌース」の問題などだ。特に能動的ヌースの話は高橋巌の『神秘学入門』でもかなり論じられていたのは興味深い。

最近はどうも「トランスパーソナル」よりも、こういうクラシックな哲学、神学の話の方がおもしろくなっている。

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