ドリームメイカーの弟子
ところで、本の方は、ミンデルの『ドリームメイカーの弟子』(英語)を読み始めたが、これもいいですね~~ 『24時間の明晰夢』をさらに深めていると思うが・・ 現象学を少しやってみたので、その目で見ると、現象学でも問題にしている基本問題――つまり、「この世界が知覚されるということはいかにして生じているのか」ということをミンデルも問題にしていて、そして、しばしば哲学者よりも先へ行っている部分がある、ということに気づく。これを読んでいると自分が「世界のエッジ」に立っているような気がしてくる・・というか、既に実際にエッジに立っているのだから、それに気づくということだろうが。哲学者は夢の現象学、夢の存在論の問題には踏みこめていない。「明晰夢というものがあるというのは、存在を考えるについてどういう意味があるのだろうか?」という問いを考えることも現代の哲学としては必要のはずである。私が見ると、ミンデルが言っているドリーミングというのが、西田が言っていた「場所」であることはあまりにも明らかである。重要なのはそのドリーミング、場所を「経験する」ことである。ただ頭でそう考えてみたというだけでは足りない。
とは言っても、ミンデルのパラダイムでもなお、「魂」の個体性の問題はまだ曖昧なままである。そのドリーミングの場所性を一気に「タオ」のレベルに持って行ってしまうが、これはどうだろうか。ミンデルも当然、こうしたドリーミングと私たちの意識レベルの行動との間に相互作用を認めるはずだが、その場所性の次元性という問題を入れていく必要があるだろう。まあ、そういう疑問があるが、『ドリームメイカーの弟子』はなかなかディープである。アカデミズムの学者ができない視点へのヒントがある。本を読むというのはもちろん左脳的なことであるが、このような本の場合は、より深い感覚のレベルに覚醒していくための手がかりとして機能している。これが本当の意味で哲学的なことではないだろうか。
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