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自己の問題

きのうは「洗髄健身法」という気功のVCDを見ていて一通り理解した。これは至って地味な気功法である。これからあと、「経絡動功四十九式」なども気になる。前から本で知っていた気功法のVCDがかなり安く買える状況になっているので、つい誘惑される。そんなにいろんな気功法をみんなやっていられるわけはないのだが。

なお洗髄経は星野稔の『気功健康法』(日本文芸社)に出ているが、それとは多少違っている。この本は日本で気功を紹介したはしりの一つだが、いい本である。いま入手できないようだが、古本で見つけたら買っておくと損はなし。ここで何度か書いた「六字訣」も出ている。一つ紹介しておくと最近『伝統四大功法のすべて』って本が出て、これには六字訣、五禽戯、八段錦、易筋経の四つがテキストとDVDでセットになっている。著者も一流。でも高いよ。7980円! 私は買わないけど・・ 私はこのうち三つを既に知ってるので。

The Genealogy of Psychoanalysis さらに一章読む。どうも一日一章くらいが健康にはよろしいようだ。いろいろわかってきたのは、アンリの思想は西田哲学や、またシェリングの同一哲学や、あるいはまたシュタイナーの自我論などとも共通した要素があるということ。これはエクサイティングである。アンリが「生命」と言っているのは「魂」と言いかえてもいい、と自身で言っていることも確認した。私のここまでの理解だと、アンリは西田幾多郎を抜いている。というのは、西田では「自分が自分であること」という「自己性の根底」が十分に理解されないまま、「我執の否定」という仏教的文脈に行きがちで、それが「永遠の視点による絶対的現状肯定」の思想を出られなかったという限界があると思うのだが、こうした日本の哲学者に欠けている「自己性の根源」をアンリの思想はきちんと理解することができるのだ。「永遠の生命につながる『私の個体性』があるのだ」ということ、これが西洋的霊性の核心であり、シュタイナーの自我論はそれを言っているのであるが、ここに、アンリのヴィジョンは届いている。アンリのキリスト教哲学において、「ヨハネ福音書」が中心になっているのはそういうことだ。ヨハネのいう「ロゴス」に「私」がつながっているということを言うことができている。ここまでの霊性の理解に、日本の思想家は到達したことはないはずだ。

ミシェル・アンリをそれでは読んでみようか、という人は、何度も言っているが邦訳はよくないので近づかないほうがいい。英訳の出ている I Am the Truth: Toward a Philosophy of Christianity を最初に読むことをすすめる。

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