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リアリティについて

自分のページをどこがリンクしているかなんてことを調べていたら、こういうブログがあって・・SE体験(スピリチュアル・エマージェンシー)を経験した人の話が出ている。

考えてみれば私が現象学に注目したのは、このような体験を「現実だ」「現実でない」という論争に決着をつけたいからだ(同時に臨死体験は本物か幻想か、などという議論も同じだ)。つまりそういう問題の立て方そのものが虚偽であるということを示すことがまず重要である。現象学から導かれる結論では、「私にとっては、世界が・・・のように現象している」ということ以外に真実はない。つまり言葉をかえれば、「すべてはリアル」なのである。これはユング心理学の方法としてある「心的現実」の考え方の延長として理解できる(そう理解しているのは私くらいであろうが。現象学の人自身はこういう問題にいっさい興味を持たないので・・)。つまり、私たちの受け入れている「現実」とは、構成されたものであり、その構成の「地平」に依存してのみ存立するものである。この「地平」は、共有された現実性という意味で「コンセンサス・リアリティ」であるが、問題は、人間の経験は、つねにこの地平をはみ出す可能性を持っているということだ。

つまりかんたんにいえば、この通常の現実という世界もまた一つの社会的なフィクションとして成立している、ということさえわかれば、それをはみ出す体験が当然あるということもわりと受け入れやすくなるだろう、ということだ。さらに、このコンセンサス・リアリティが一つの「地平」によって成立しているなら、また、「では、それ以外に世界の地平というものはないのか?」という問いが出てくる。こういう考え方はモナド的世界観になってくる。

その「はみ出し」として精神病理を理解しようとする、木村敏の現象学的精神医学もある。トランスパーソナルというのは、その「はみ出し」には、病理だけではなく、より高次(あるいは、少なくとも病理ではない)経験もあるのではないか、という問題提起だったということである。(ただ木村敏は、『時間と自己』の中で、てんかんの経験は神聖なものを見ているのではないか、という考えに傾いている)

現実のフィクション性が理解できなければ、ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』を読もうと、グロフの『脳を超えて』を読もうと、みなウソか幻想としか思えないのだろう。じつは、幻想というものはない。あるのは「他者と共有されないリアリティの体験」だけである。それを幻想と呼ぶだけだ。それは幻想だと人が言うとき「それは私としてはリアリティとして共有できないものである」という自己防御の行為である。だから、社会一般には共有されなくても、ある一部の人々には共有されうる体験は、グループコンセンサス・リアリティともいえると思う。そのように、リアリティはさまざまなレベルが重層して共存しているのがこの世界というものである。

そのような「複数のリアリティが共存する」ことが宇宙の実相であることに気づいていくのは、ひとつの文化的成熟であると思う。これからの文化はそういう方向に進まねばならないのではないか。

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霊性思想」カテゴリの記事

Comments

SH先生、こんばんわ。愚者の思考のVoidです。
勝手にリンクしちゃっててすみません。まさか自分の体験にトラックバックいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます。
 「霊性学とはなにか」を読んで、大変救われた想いがあり、一度メールさせていただいています。また、blogの方もいつも楽しみに読ませていただいて、インスパイアされてますよ。
 私自身のSE体験は壮絶なもので、自分自身の愚かさを痛切に体感したものでしたが、SEN日本などの連携もあって、今では全く普通に生活できています。まぁ、精神科医に体験談を披露してもトランスパーソナル心理学のことを勉強してくれないので、親を安心させるためだけに、薬も少しだけ飲んでいますが。医者の判断は人によって変わるようですね。主治医が変わるたびに、不定形精神病から心因反応、そして統合失調症とされています(笑)。
 「リアリティはさまざまなレベルが重層して共存しているのがこの世界というものである。」というのは非常に納得がいきます。SEが治まってからニューエイジの方や自身を神だといっている方とか、本当に色々な方に出会う機会がありましたが、彼ら自身の体験談は、「人がなんと言おうと、自身として体験した事実は否定のしようがない」のは事実ですし、私もそう思います。
 本当はSE体験の話題を小出しにしようと思っていて、今後も変容の過程を書くかどうか、迷っていたところです。TBされたのはちょっとやけくそになっていた感情があって、出したのでした。でも、結果的に良かったかもしれませんね。
 また、寄らさせていただきます。ありがとうございました。

SH先生、こんにちは。Voidさんもお久しぶりです。私のブログのSEに関する記述は、私のSEに関する認識不足もあって削除しました。コメントをいただいていたのに申し訳ないです。私も過去世、未来世と思われるような体験はしましたし、霊の声と考えることもできる体験もしていますが、それをリアリティと思ってしまうと、そちらの世界に取り込まれそうな気がして、日常生活が不可能になりそうだったので、あえて幻覚と片付けて、薬を飲んだり、栄養摂取、フィットネスしながらグラウンディングしています(あと、幻聴の言うことは嘘が多いので、信用できないのです)。あちらの世界を十分味わう時間的余裕や安全な環境があれば良いのですが、私も職を持つ身で、あちらの世界に入ったままでは生活ができませんので。C+Fに相談したときも、向精神薬を飲んでいると言うのは、プロセスを止める必要がある状態だから、ワークはしてはいけないと言われました。 例えば夢の中で体験するとか、日常生活に統合できる形で、プロセスをゆっくり自分のペースで進めていくことが重要であり、加速しすぎたプロセスは、向精神薬なども使って、一時停止したり、落ち着くまで進めるのは止めた方が良いのではという気がします。私は体験を相対化することで、日常意識を保っています。だからどちらかと言うと基本的な意識状態は物質界寄りですね。ただ、最近先生のブログのタイトル「spirit soul body」をスクリーンセーバーに入れてバランスを取ろうとは思ってはいて、結構効果的な気がしています。心が楽になるような。SE向けのノウハウも、もっともっと蓄積して、効果的な方法を公開してほしいものです。
SEに関してはホリスティック医学を行っている「ホロス松戸クリニック」という心療内科がもしかしたら肯定的に受け止めてくれるかもしれません。http://www.holos-matsudo.com/
精神保健指定医がやっているのですが、ヨガ、サイコドラマ、アロマテラピーが保険適用で受けられます(これはめずらしいことです)。もともとバックパッカーで、世界中を旅してきた先生だそうです。

SHより

Voidさん、素人さん、こんにちは。
なお、私の名前は誰でも知っていることで、このページのリンクからもすぐにわかるのですが、いちおうこのブログ内では「SH」という形で通しているので、よろしくお願いします。

まあ私自身も、公開すれば精神異常か危険なカルトとしか理解されないような経験もありまして・・・私がこういうことをやっているのも、じつは、自分が異常ではないことを世間に理解させるためかもしれないですね(笑) Voidさんほど壮絶なものではないですが、異次元のリアリティに翻弄されるというのがどういうことを意味するのかは多少、知ってます。こういうことはやはり、体験してみないとわからないことが多いので、本などの知識だけで知っている人は、限界があるでしょう。トランスパーソナルの本などにも、はっきりしたことが書いてない場合も多いのです。これまでトランスパーソナルは、人間成長の次の次元という問題意識から発達してきて、それは大変いいのですが、実際のプロセスに関して大いに問題になるのは、むしろ、下層・中層微細界(アストラル界)との接触に伴う問題(トラブル)です。ウィルバーの本など見ても明らかにそのへんは「逃げ」を打ってますが、中村雅彦さんの『呪いの研究』で初めて表に出てきました(この本、うっかりすると読むだけで受けてしまうことがあるので、敏感な人は要注意です)。この種のことに対処する技法は、宗教の中で継承されてきた面もあるのですが、今の世の中(特に知識人)は、宗教を倫理としか見ていないところもあって、そういうスピリチュアルな技術が忘れられつつあります。まあ、お望みなら、中村さんが通った奥四国のとある神社へ入門すれば、そういうことを学べますけどね。つまり「魔法学校」ですが、ハリー・ポッターとはずいぶん違うらしいです。もちろん、霊能者といわれる人々に接触するのは危険もあるので(つまりもし倫理性の低い人にあたると大変なことになる)、その一線を超えるかどうかは賭けの要素もあります。現状で、トランスパーソナルではまだそういうノウハウを蓄積しているとはいえないし、トランスパーソナル自体もまだ広がっていない状況ですからね。

素人さんなどの場合は、幻聴が真実でないことを言うということから考えて低層・中層とのコンタクトであるとも考えられますので、その接触が自分でコントロールできないのであれば、薬を使って抑えるのもやむを得ないと思います。ペースをコントロールするのは重要だと思います。

本来、コントロールを手放さない形で意識を拡張していくのが霊的発達の基本ですが、現実には一時的にどうしても不安定になる時期はあるので、そこをどう乗り切るかは現代社会の中ではかなりむずかしいです(前に修行のところで書いたとおり)。人によってはずいぶん長く続くこともありますし。新しい段階へ進むのは「死と再生」を通るわけで、古い自己のあり方は一度破壊されてしまわざるを得ません。そのプロセスが激烈になるのをどう緩和するか、ということを考えないといけないわけで、その意味で古い行法をそのまま行うことはできないのです。仕事を持ちながらやろうとするには、できるだけマイルドなものにしたほうがいいのでしょうね、たぶん。Voidさんがされたものは、具体的には知りませんが、かなり激越な結果をもたらすもののようですね。しかしそれも Voidさんが深い部分において選択されたものですから、それは必要なプロセスであったのでしょう。

その「ホロス」の先生はトランスパーソナルの学会で発表していたのを見たことがあります。なかなか、患者中心にものを考えようとしている人のように見えました。

SHより追伸

トランスパーソナルに理解のある精神科医としては、ほかに、東京都町田市の鶴間にある「飛鳥病院」の内海先生がいます。この人はご自分では禅をかなりやっているらしいです。(※最初、神奈川県と書きましたが、誤りだったので訂正します)
その他は、日本トランスパーソナル心理学/精神医学会までお問い合わせください。jatp@mail.goo.ne.jp (本名と、メール以外の連絡先を記してください)

 SH先生、名前の件了解しました。
私の体験はある種、この世界を認識する共通基盤の根底が底からひっくり返るかのようなものでした。私のブログのリンクにある真気塾の「気で見るあの世とこの世」というコンテンツがありますが、それが独自の気功を通じてこの世を見たときには事実としてあるのだ、ということを霊的なシンクロニシティを何度も経験させられる結果として、理解させられたというような体験でした。神秘体験の後もしばらくの間は受け入れられなかったのですが、2度目のSEもありまして、まぁ危ないこともやっちゃってます(^^;;。おいおい、公開できればなぁと思っていますので。
 ただ、あの体験から得た今の思考の基盤となる世界観の変容がもたらした安定感というのはものすごい意義のあるものだと考えています。この世の中の、人間の仕組みというものが分かった感じがしていまして、ある意味では私自身が物心ついてからずっと探し求めていた答えが出たのかもしれません。そういう意味からすると壮絶なプロセスは自身が求めていたものなのでしょうね。実際、死にかけましたが、得たものは大きかったです。

SHより>Voidさんへ

そうですね、こういう変革はすべて、魂レベルの深い意志によって決定されるのだと思います。たぶん表面意識では、そういう激烈な変化は受け入れられないでしょうが、生を駆り立てている力は、もっと深いところにあるのですね。一段落してみて、あれは自分が望んだことだった、とわかるというのは、私もよくわかります。

私自身は今、高揚もまた落ち込みもない平坦(平穏?)な時期が続いているのですが、また時期が来ればそういう変革に入るかもしれません。

SH先生、こんにちは。
質問があります。実は昨日フリー・ドネーションの記事を書いたこともあり、少し実際の募金(通販生活のチェルノブイリの母子支援募金、ドイツ平和村基金)もしてきたのですが、その時は心がすごくラクだったのですが、その後ものすごい重苦しさ、辛さを受けてしまいました。私の中から出てきたものか、それとも実際に苦しんでいる人たちの気持ちを受け取ったのか分からないのですが、病院で苦しんでいる子供と看護婦さんの声が聞こえました(日本語でしたが)。これはまずいと、薬を飲んで早めに寝て、今朝になって少し楽になりました。私の病気の苦しみなど、本当に戦争、事故などで苦しんでいる人と比べればまだまだだと思うのですが、そういう人たちと関わることで、敏感な人が何かを受けると言うことはあるのでしょうか?それとも声が日本語だったことからして、私のイメージが作り出した幻覚なのでしょうか?良いことをすれば楽になるなんて単純なものではないようですね。実際そこで人を助けている人は、もっともっと苦労しているのでしょうし。

追伸です。
ドイツ平和村について「僕らを助けようとする傲慢さを持つな」と霊が伝えてきます。私の幻聴は誰かがこう言っている、こう思っている、こんなことをしていると伝えるものが多いです(確認してみると嘘であることもあります。メールが来ていると言っているのに、実際は来ていないとか)。チェルノブイリの方は問題ないそうです。ドイツ平和村のほうはボランティア組織としての問題があるのかもしれません。しかし私には実際にそこに行って確かめるまで確信できません。あまりにも不確実で参ります。彼らはこれはこの多次元宇宙の可能性を語っているのだとも言ってますが。

SHより

その行為が「いいこと」だからといって、「受けない」ということはもちろんないと思います。敏感な人が、人の苦しみに共振してしまうことはもちろんあるでしょう。波動的な防御が弱い人は、それなりの用意が必要ではないでしょうか。

霊障(といいますか、波動的防御ですね)には寒川神社の八方除けがきくみたいですよ。いちどおためしになってみては? 受け全般によくききます。

>ユリエさん
ありがとうございますm(__)m。
寒川神社のサイトをお気に入りに入れただけで、幻聴が治まりました。

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