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光とメディテーション

ショパンとシューマンのピアノ協奏曲・・・「生きようとする、魂の力」を感じさせる音楽だと思うのだが。

アロマでは、マージョラムである。これはどうも、内的な力を強めるように感じるのだが・・モージェイの『スピリットとアロマテラピー』には、マージョラムは気を補い、循環を促すとある。この本はアロマと中国医学を結ぶというユニークなものでひじょうに参考になる。

私が目標とするのは、つねに霊的な光の本源と接続しているという「ブロードバンド状態」の実現である。宇宙的な生命が自分の中に流れていると実感することが大切だ。しかしそれが独りよがりな自己満足的神秘主義に終わってしまうのは私のもっとも嫌うところでもある。そういう気持ちよさに浸った状態のまま進歩のない人も見ているが、こういうのはアストラル上層の体験を究極だと勘違いしていることから来ることが多い。しかし私たちが地球の存在しているのも、この地球を進化(神化)し、光の世界を打ち立てようという神的計画の一環である、というのが私の得ているヴィジョンである(これはキリスト教的霊性から学んだものだが)。神の道具となって働くところに真の幸福がある。これは、未来において私たちを待ち受けている「栄光」がどれだけ輝かしいものであるか、その「光」を少しでも知ればわかってくることである。まあこれは、私の基本的な信仰である。

そこでメディテーションにおいても、いかにこうした神の光エネルギーとつながるのか、ということになる。そのやり方については各自で自分にあった方法を採用したり工夫するしかないと思う。絶対はない。私も伝統的なヨーガの瞑想も試してみたが、これはちょっと現代人には向かないと考えてそのままで採用するのはやめた(その話は前に書いた)。基本的に中心軸を通してそこに光を流すのだが、このとき、どうも床に坐るよりイスに座ってやるのもいいらしいと思うようになった。というのは、イスに座るとすごく、床についている足の裏の湧泉穴が活性化して、そこから大地へとラインが結ばれ、地球とのグラウンディング・ルートが容易に開通するのである。これは有名なサイキックの本にも同じことが書いてあった。現代人のエネルギー傾向に適した方法ではないだろうか。伝統的な坐法をとるメディテーションだと、中心軸を通そうとすると会陰(第一チャクラ)を開くことになるが、これは特に独習の場合は避けた方がいいのではないだろうか。湧泉からグラウンディングするのは確実であり安全である。そして頭頂を開く。湧泉から上げた地球のエネルギーと、頭頂からの天のエネルギーを、自分のエネルギー体で出会わせ、流していくわけだ。余剰のエネルギーはいつでもグラウンディング・ラインからアースすることができる。あとそれから、手のひら(労宮穴)をうまく使うことも考えている。そこでレイキの手法をメディテーションと統合する方法も探っている。せっかくレイキの潜在力をもっているのでもっと活用したい。あるいはセラピューティック・タッチのようにエネルギー場を手で調えることもいいだろう。足と手は気が活性化しやすいので、その末端と中心を結ぶ回路を作るのが、全体のエネルギーを高めるよい方法であるように感じる(これは齋藤孝の『自然体のつくり方』にも書かれている)。まず気の次元を活性化して、そこからその奥の次元へ入っていく。

チャクラについては、そこに気のボールをイメージするのが私には面白い。矢山利彦の『気そだて教育』に気のボールを丹田で回すことが書いてあったが、あれはなかなか効く。リチャード・ゴードンの『クォンタム・タッチ』には、そのボールにチャクラの色をつけて回転させるワークがあって、これはとても楽しいものである。それと、具体的にはまだ書けないが、アジナ(眉間)を活性化する方法を研究中である。

こんなわけで少しずつ、自分がいちばん光とつながりやすい方法を研究しているわけだが、これは一人一人また違う。あんまり私のマネばかりをしないでもらいたいと思っている。

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