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ハイドンとキリスト教音楽のこと

ドン・キャンベルの『モーツァルトで癒す』なんて本もあって、モーツァルトのヒーリング効果は知られているが、ハイドンもかなりいけるんじゃないの? という気がする。ハイドン、なんていうか、しっかりグラウンディングしてますね。この安定感は何ものにもかえがたい。このところロンドンセット(最後の6曲の交響曲)をよく聴く。コリン・デイビス、コンセルトヘボウの2枚組×2のCDを強力に推薦したい。ペンギン・ガイドでもお薦めになっている。Haydn : London Symphonies Vol.1, Vol2.  それから私はヨーヨー・マのチェロコンチェルトも定番(ボッケリーニも入っている)。ナクソスから出ている弦楽四重奏曲もいいし。でもハイドンの最高傑作はやっぱりオラトリオ「天地創造」でしょう。

ここでついでに、キリスト教音楽について言いたいことを述べる。日本の音楽ファンの間では、最高傑作はバッハの「マタイ受難曲」だということになっている。これを荘重に、必死になって聴くことを儀式のように行ったりしている。たしかに「マタイ受難曲」が傑作だということには疑う余地はない。だが・・みなさん、どこか無理してませんか? って言いたいこともあるのだ。つまり、日本人に本当に「マタイ受難曲」が理解できるんだろうか? つまり、日本人のスピリチュアルな感受性とはあまりに異質な精神性のものであると思う。「これは最高傑作なんだから、感動しなくちゃいけない」というような教養主義はまっぴらである。この曲は、バロック時代のキリスト教に対する感性を基盤としている。その時代の宗教画を見ればわかるが、要するに、キリストの受難の苦しみをこれでもか、これでもかと激しく描くことを特徴としている。このように、キリストの苦しみとか、その流れた血とか、そういうことにものすごくこだわる。これはバロック時代だけではなくて、ヨーロッパの宗教性の伝統の一つであって、それはたとえば最近の「パッション」って映画を見ればわかる。

つまり、「マタイ受難曲」は、キリストの血による人類の罪のあがない、というキリスト教観と切っても切れない関係を持っている。どうも私には、そういう宗教性が受け入れにくいのである。そして私はあえて言うが、こういうキリスト教への感性はもう過ぎ去りつつある時代のものだと思う。現代は、新しいキリストへの感性を必要としている。それでなくても日本人には「血のあがない」なんて感性が本当にわかるはずがない。また、無理にわかろうとする必要もないのである。そういうのは、牧畜の文化で、日常的に家畜を自分で殺して食べていた人たちの感性である。スーパーで肉を買ってくるのではわからないのである。

というわけで、私は、個人的に「マタイ受難曲」がそれほど好きではないことを恥とは思わない。バッハの宗教曲なら、「ロ短調ミサ」や「マニフィカート」、「クリスマス・オラトリオ」「復活祭ミサ」「昇天祭ミサ」など幾多の傑作がある。そういうものから入るべきだと思う。

私は、受難のキリストではなく、変容のキリスト、復活のキリストを求める。それが水瓶座時代のキリスト像である。これにともなって、キリスト教音楽への評価も変容すべきである。バッハなら「ロ短調ミサ」、ヘンデルの「メサイア」、そしてハイドンの「天地創造」である。まあ「メサイア」にも受難の部分はあることはある。しかし全体として、「神の栄光」が中心となっていて、霊的な光がこめられている。有名な「ハレルヤ」の部分を作曲していたとき、ヘンデルは天使が上り下りしているヴィジョンを見たという言い伝えがあるが、それは本当かもしれない。少なくともそれは、そこに多くの人が霊的な力を感じ取ったことから生まれてきた話だろう。

そしてハイドンの「天地創造」だが、これはキリストの話ではない。創世記であって、神の話である。しかし、これほどまでにポジティブなエネルギーに貫かれた作品というのもあまり例がない。もっとも純粋な、神の栄光への賛歌である。しかしハイドンには、本当に見事なまでに、「罪」への恐れとか、不安とか、そういう感情がまったくないのである。どこまでも晴れ渡っているのである。これはまったく驚くべきことである。ハイドンはどこか、あまり何も考えなくてもすっと高い次元へとつながっていけるような才能を持っていたに違いない。本当にハイドンにしかない高い波動の世界である。――ちなみに「天地創造」のCDでは、カラヤンのをお勧めする。特に第一曲の、天地創造以前の「カオス」の表現などは圧巻である。

まあそういうわけで、メル・ギブソンなんて気持ち悪くて見られないという健全な感性の持ち主は、大いにハイドンを聴いたらいいのではないかと思う。

ちなみに20世紀では宗教音楽家としてメシアンが大きな存在だが、彼もまた「キリストの変容」とか「アシジの聖フランチェスコ」など、明らかに、「受難とあがない」のキリスト教から「変容と復活」のキリスト教へシフトしている。「受難とあがない」のキリスト教は、キリスト教の世界だけで閉じてしまう霊性である。宇宙的なキリスト、霊的な光のキリストは、他宗教、他文化の人々にも受け入れられる普遍的なキリスト像である(もっとも私はメシアンの音楽が特に好きということはないが)。

なおその他に宗教音楽としては、メンデルスゾーンのがけっこういい。オラトリオ「エリヤ」や、「詩篇」に作曲したものなど、美しい作品である。それと忘れてならないのはブラームスの「ドイツ・レクイエム」、これも感動的である(そういえば来週はその実演に行くのだ)。私はブラームスの最高傑作だと思うが・・ そうそう、モーツァルトの宗教曲は重要である。「レクイエム」はなぜか邪気を祓うのによく効く、波動調整音楽である。それから「ミサ曲ハ短調」・・これもいいが、バッハの「ロ短調」とくらべてしまうと・・ なお、ベルリオーズやヴェルディのレクエイムというのがあるが、これは私にはちょっと・・・ フォーレのレクイエムは、ラッターかヘレヴェッヘの指揮で聴くとかなりいいかもしれない。

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Comments

初めてこのページにきました。あまり頭がいいほうではないし、バリバリ精神世界探求者でもないので、正直「難しい言葉がいっぱいだ!」と思いましたが、「キリストの血による人類の罪のあがない」……のくだりで、求めていたものがここにあるのかもしれないなあ、とぼんやり思いました。これからこのブログや霊性学、ゆっくり読んでいきます。

ぎんねこさん、はじめまして
このページが役に立つというのなら幸いですが、基本的には、ここは人様のお役に立とうという殊勝な心がけで書いているページではなく、あくまで自分の楽しみのためのものです。そのため、しばしば、わからないこともあるでしょうが、いちいち全部を最初から説明したりはしませんので、まあそういうものだと思って、軽い気分で見ればよろしいのではないかと思います。正直、「求めていたものがここにある」なんて熱いノリで読まれるのはちょっと苦手としています・・ということで、ではでは、

レスありがとうございます。
いや~、すみません。このブログの内容と文章そのものが熱い上に、こういう発言ってあまりなかったんで(当人比)、深く考えないで書いてしまったんですが……。
気が重くなったらごめんなさい。
こちらの発言に、そんな重いオーラがこもってたとは思わず、
かえってひるんでしまいました。

でも、「魂のロゴス」は読んでみたいなあ、と思いました。
(難解で読了できなかったらどうしようという不安もありますが)

このブログって熱いですか? 私としてはかなり流して書いているものなんですけど・・ でもまあ、みると、ぎんねこさんが別に重いということはないと思います。ちょっと、波動的に依存されることをおそれているもので、過敏になりすぎてたかもしれません。

「魂のロゴス」よりも、「霊性学入門」に出てるような軽妙(?)な対話の方が好きだという人もいますが、波動的なものは全然違います。「魂のロゴス」にはかなり「光」が入ってきてます。ただそれはみなにわかってもらえるものではないので、軽妙バージョンの方が入門者にはいいのかもしれません。すべてを突き抜けたうえで軽妙になるというなら最高でしょうが、私はそのような高僧みたいな境地には達しておりません・・ あの本は、理屈でも理解できるように書いてありますが、もっと違うレベルのこともあります。HPに「あとがき」を紹介していますが、そこに書かれている「明るい場所」という言葉が、いったい何のことを言っているのか、それがわかってもらえないかぎり、あの本を理解してもらったことにはならない、と思っています。言葉だけではけっして言うことができない何かを表現しようという野望を抱いていましたので・・いただいたメールを見る限り、理解してもらえた人もいるようですが・・ ともあれ「スピリチュアリティーについて書く」ということが実際にどういうことであり、どういうことをしなければいけないのかは少しわかったと思います。そういうことですので、次作も簡単には書けません。いろいろな準備が必要になるのです。

なんだか、よくわからない文章のようですが、水面下に動いているものを感じてくれるとありがたいです。わからなくても「波動グッズ」としては役に立つものになることが理想ですね(笑) ではでは、

きちんと貴サイトを拝読すると「個人的相談には応じかねます」という文面につきあたりました。いろいろあるのですね。
お立場を配慮しないで、誤解を招く言動をしたのだと、いまさら気づきました。お詫び申し上げます。

もうしつこくしたくないので、これだけでこのコメントは打ち止めにしますが、「キリストの血のあがない云々」で「うわあ!」と思ったのは、田舎にいる、故人(ひいじいさん)のひとことが私の心に残ってるからなのです。

彼は教会で鎮座しているキリスト像をひとめみるなり
「血ぃ流してはりつけにされて!かわいそうじゃけ、下ろしてやってつかあさい」
と懇願したそうです。

そういう気持ちを失いたくないのです。
だから、このブログでみたことがとてもうれしかったのです。

そんなわけですから、これから魂のロゴス〈今日本にいないので、時間がかかりますが〉を読み、心配かけない読者になります。ありがとうございました。

どうもありがとうございます。
『魂のロゴス』を買うのでしたら、右上の方にリンクのあるイーエスブックスか、私のHPからリンクしている出版社直販が速いと思います(いずれも送料無料)。今後もよろしくお願いいたします。

ぎんねこさん、はじめまして。私も日本の外からアクセスしています。横やりのコメントで失礼しますが、曾祖父様の感性にとても共鳴しました。知り合いでもないのにぶしつけですが、なんとも愛おしい方だなあと思いました。SHさんの書かれるものを読んでスパーク(?)することはよくあるのですが、ぎんねこさんの素敵なコメントも読めていつもの倍得した気分です。

あっ、いま気づいたが、ぎんねこさんは、「今、日本にいないので」と言ったのか。私は、「今日」と読んでしまって、なんだかちょっとタイプミスしてるかな、と思ってしまったのでした(^^;

海外ということなら、出版社に相談してください。郵便局で、SALの冊子小包という方法で送るとかなり安くできます。アマゾンでも買えますが、送料高いですよね・・では、

もしかしたらタイプミスで私の読み違えかも?(笑)

アメリカで日本の本やCDを購入したい場合、富士山コムというオンライン・ストアを利用すると、日本円価格のドル換算プラス5ドル程度の送料(カリフォルニアからの送料)で手に入ります。SHさんの本も発売されて即購入できました。このストアのおかげで日本国内感覚で買物してしまって、出費がかさんだりもするのですが、ほんと便利になりました。アメリカ在住の読者の方が私の他にもいらっしゃれば、ご参考までに。

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