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エクササイズのある思想

このまえ、「言葉だけで伝えようとしている哲学には限界がある」と書いたが、そこで、私の思想関係の授業では、実験というかエクササイズを入れている。

たとえば前回はこういうものである。

サウンドスケープという新しいデザイン分野を開拓した、マリー・シェーファーという人がいる。その『サウンド・エデュケーション』の最初にのっているエクササイズである。

いま、目を閉じ、すべての雑念を遠ざけ、ただ「聞こえてくる音」だけに注意を集中する。そして、聞こえてくる音をできるだけたくさんの種類、聞き分ける。その音の種類をすべてメモする。また、音が空間を流れていくのをじゅうぶんに感じ、その感覚をレポートする。

数種類に気づくのは簡単だが、それではまだ真剣に聞いたことにならない。10種類以上、またはそれに近づけるように「聞き分け」に努力すること。真剣にやっていると、「空間の感覚」が変化することを感じるはずなので、そこへいくまでやってほしい。

なお、「聞き分け」と、「空間を感じる」ことは別々のステージとしてやった方がやりやすい。なおこれは、『サウンド・エデュケーション』の本にのっているものの引用ではなく、私なりのアレンジである。

これは哲学でいう「現象学的還元」を実感するためのトレーニングである。現象学的還元というといかにもむずかしそうだが、要するにこれは「ヴィパッサナ」なのだ、と私は理解してしまっている。ただ見る、ただ聴く、という世界である。その時に、世界の感じ方、そして自分という存在のあり方が変化する。そこへ入っていけるかということである。哲学はそれを論理的に述べようとしているが、この世界を知ること自体は論理のみでは不可能であり、一種の日常からのジャンプが必要である。

現象学的還元とは、カスタネダに出てくる「世界を止める」ということにほかならない。一度は世界を止めてみないと、深い問題へ入っていけない。逆に言うと、現象学はその世界を見つけたというところがえらいわけである(見つけたところで終わってしまってはいるが。つまりカスタネダの二、三冊目あたりの世界が、哲学の到達した前線で、「その先」は哲学をいくら探しても書いてはいないはずである)。

さて、このエクササイズを実践してみて、コメント欄でレポートする人が現れるだろうか?(あまり、期待していないが・・)

私も今度は、エクササイズの入っている形で書いてみてもおもしろい。もっともいまは忙しくて、土日を使わない限り原稿を書くような時間がないのだが。

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