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物質世界マトリックス?

科学は科学でやっていてもらえればかまわない。ただ私は、科学が宇宙の神秘を明らかにする力があるとは考えない。

私がやることは、哲学・文学でいいと思っているので、無理に科学とからめることはカテゴリーエラーにつながると思っている。

そもそもわからないのは、科学的な方法が、けっこう常識的な実在観に立脚しているように感じられることである。つまり、世界が自分と離れてあり、自分はその世界をできるだけ正確に理解するのだ、という姿勢がそこにある。もちろんこれはこれで有意味なことではある。だが、根本的にいえば、そもそも世界と自分がそこにあるということ自体が自明ではない。科学自体には、なぜ世界がそのようにあるのかという問いがない。これは当然のことだが。

だが、世界にある特定の法則性があるように見えるのは、私たちが生きている「マトリックス」がそのような性質を持っているから、なのかもしれない。この物質世界マトリックスは、あたかも意識と世界とが分離しているかのように見えるようにできあがっているのだ。つまりこの法則性は、このマトリックスに同調しようという、私たちの深層レベルにおける「同意」によって私たちの前に現象している。その「同意」の外側に出たり、カスタネダの本にあるように「ずらす」ことができたりすると、このマトリックスの呪縛は破られる。・・これはもちろん「立証」はできないことである。この考え方を受け入れるかどうか、それはある音楽を気に入るかどうかというのと同じ、魂レベルでのマッチングの問題だと考えている。「いまの学問では霊性の存在が証明されるようになった」などというのは大嘘である。そんなことは原理的にできない。霊性の存在が受け入れられるかどうかはその社会、文化の価値観の問題である。

私も疑似科学には反対である。霊性は、新しい宗教性の形ですよというふうに提示されることが望ましい。「科学的」であろうとする必要はないのだ。そしてまた、教育、医療とか心理療法などが、そうした霊性(普遍的宗教性)を帯びてもさしつかえないかどうかというのも、また価値観の問題だと思う。説得ではなく「共鳴者」を増やすというやり方でそれは伸びていくものだ。それは基本的に「正しいものは多数ある」という多元化である。たとえば、前世を信じる人は前世退行セラピーを受ければいいし、信じない人は別のセラピーに行けばよい。前世が客観的に証明不可能な宗教的信念であるから、そういうセラピーは禁止すべきであるという論法に反対するということである。代替医療の問題は、そういう価値の多元化の主張なのであって、それ自身が現在の科学的方法に適合するかというのは、また別の問題である。

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