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ダイアーの光明思想

最近はふだん通りだが、ただ、余震だけはまだある。それも午前三時とか夜中に起こされたりするのが困る。この前は寝ている間に三回も起こされてしまう。しかし最近は慣れてきたのか、震度3くらいでは完全に目覚めないまままた眠りに戻ってしまうが。こういうわけなので、いまだ本の整理はできていない。

さて、ダイアーの There's a Spiritual Solution to Every Problem にはちょっとはまった。一度読み終わってから、またすぐ読み返し始め、二回目の通読を終えたところだ。単なる成功哲学本だと甘く見ていたらとんでもないですよ。これは、現代最良の「光明思想本」の一つなのだ。日本でも、五井昌久とかの光明思想があって、私はその本の大ファンであるが、ただ、どうしても特定の団体とのからみが入っているのが、広くすすめにくい難点だった(言っていること自体は、その団体とは無関係に妥当するのだが)。だがダイアーはそういう宗派的な制約はないし、普遍的な霊的原則としてわかりやすく語っている。そしてこれがもっとも重要なことだが、その文章自体が十分にポジティブなエネルギーをもっているのだ。つまり、読んでいて気分がよくなってきて、だんだん「その気」になってくるのだ。この特質は、すべての「ヒーリング本」にとってもっとも重要なところだ。ただ「正しいこと」を言っているだけでは足りないのである。その文章自体、その本のマテリアルな存在自体に、受け取る人に入っていくようなエネルギーがこめられていなければならない。

それから、やっぱり原文で読むと、翻訳で読むのとは相当に波動の違いがある。まあはっきり言って、翻訳で伝わっているのはせいぜい五割くらいでしょう。それに、翻訳はたいてい、ページ数を少なくするために抄訳、あるいは適当なパラフレーズによる編集になっている。まともに翻訳すれば400ページくらいにはなるはずだが、その6割の分量で出ているのはそういうことだ。だから、訳本だけで判断しない方がいい。

ともあれこれはもう完全にスピリチュアル本である。そして、ダイアーは実際に、「光の波動」がどういうものか経験しているし、また日常的にその波動にチューニングすることもやっている。イメージ法によって簡単に「光」を呼び出すこともできるようだ。そういうことは、読めばわかるものだ。「実際に知っている人」とそうでない人とでは、歴然たる違いが文章から読み取れるものである。言っていることは単純である。「光」につながり、それをすべてに行き渡らせていけば、すべての問題は消滅するということである。シンプルであるが、これは事実である。事実であると私がここで言いうるのは、ダイアーほどではないにしても、私もなにがしかの経験をバックにしてそう断言しうるという意味である。スピリチュアル本には、実際に本物の「光」が入っていなければならない。私がもっとも重要視するのはそのポイントである。「証明」する必要などないのである。「光」は、用意のできた魂の中へはまっすぐに入っていくからだ。スピリチュアルな分野では、説得も論破もありえない。ただ、「光が入っていく」ことがあるだけである。これがいま、私の到達している一つの結論。自分が言っていることにどれだけの「確信」があるのか、そういうところは微妙な波動として読者に伝わってしまうのだ。ダイアーの文章が力強いのはその確信の強さによるものだ。私たちが本当にやるべきことは、「絶対的な光・愛が実在することを実際に感じるようになること」である。このことをダイアーは強い確信を持って語っている。もしあまり感じられないとしても、瞑想とか、アファメーションなど、いろいろな方便が用意されている。


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