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いきなり新タイトル

とつぜんだが、ブログのタイトルが「美しさの中を歩め--Spirit, Soul & Body--」に変更された。

地震後、さらに年末から一月にかけて、大規模な変動が進行しつつあるのだが、新たなステージに到達するにはもう少し時間がかかる。だが、その調整作用を反映させるため、ブログタイトルを変えることにした。

「美しさの中を歩め」とは、ネイティブアメリカン、ナバホのことばである。これが今年のテーマである。

ただし、実質的なものはもう少し先になると思う。私も、自分のための時間をもつことは必要なので、それは理解してもらいたい。

ということで、一新

エネルギー転換の一環で、デザインを変更した。だいぶ変わったと思う。
さらに、念のため、おまじないをしておこう。

祓ひ給へ、清め給へ

「変なやつ」だと思ってもらえれば幸いである(^^;

エネルギー転換

さて集合意識の上では年明けである。いうまでもないがこれは意識レベルの現象であり、自然界には暦も何もない。しかし、それにしても去年は地震以来、エネルギーが低下してしまった。そのために結界が破られてしまい、変なものが入りこむようになってしまった。結界とはエネルギーバリアのことだが、そういうものを信じない人は一種の比喩だと受け取ってもらってもいい。実のところ、結界が破られたらもう末期なのだ。この前のインスピも、結界が破られてほどなくして閉店することになった。ということでここもそんなに長くないかもしれないな、とも思う。ただコメントやリスポンスをオフにしたし、メールアドレスも近く変更されることになるので、これ以上の侵入は食い止められるのではないか。それと、年明けとともに昨年の古いものもかなり消去され、だいぶエネルギー的には回復した。

パソコンを買い替えるというのもエネルギーを変えるにはよいことであろう。これまで、あまり不自由を感じてはいなかったが、今度無線LANを導入しようとして、Windows98SE以上でないとなかなか対応している機器が少ないことを知った。まあ、ないことはないので、どうしても買い換えが必要というわけではないが・・ パソコンも最近では10万円からあるので、その使用頻度からすればコストパフォーマンスの悪いものではなかろう。車のボディをちょいとこすっただけで修理代はそのくらいかかったりするので、5年くらい使うパソコンに10万は高くはない。それと、私は文章を書くのに「縦書きワープロ」を使うのを好む。やはり印刷したときに縦書きになるものは、書くときも縦書きの表示で書くことが望ましいだろう。その点、Wordなどはどうしても縦書きの機能は弱い(最新版はどうだか知らない。私が使っているのはWord98)。そこでこれまではWZエディターなど縦書き対応エディターを使ってきた。しかしこれも、ゴシック体や傍点を使えないので不便。一太郎がよいらしいのだが、ちょっと今のマシンでは重すぎて使えない。2~3年前の一太郎ならちょうどよかったんだろうが、今では売ってないしね~ オークションでも探してみようか。ただ一太郎は、Wordに比べてアウトライン機能なんかが弱いみたい。

話を戻すと、ここはやはり実名が割れている場所なので、書けることには限界がある。これからはこのブログにこれまでほどのエネルギーを割くことはなくなるかもしれない。書きうることは詳しく本にして書くので、ちゃんと理解したい人はそちらを読んでいただきたく、このブログの断片的な情報だけから何ごとかを判断されては困る。本に書いたことを前提として、その先とか周辺とかのことを書いているのがここだ、ということなのだ。

私が書きたいことは、「光」というものは実在し、その「光」とつながることが救われの道だ、ということである。「救われ」というといかにも宗教的だが、私はどちらかというと「他力」に傾いているのでそういう表現になる。その「光とつながる」にはどうすればいいかということだが、それは決まった方法はなくそれぞれの「機縁」によって定まるものだろう。私個人としてはそういう方法は見出しているが、それは個人的信仰の分野になるのでここで書くのは適当ではない。もっともそのヒントは既にここの文中にも現れていると思う。それともう一つ思うのは、「光」がわかるようになるためには、心だけではなくて体も調えることが効果的だということだ。気の流れをよくすること、これはすごく基本的なことで、体が不活発な状態でいくらがんばっても光は見えてこない。ヨガ、気功、ピラティス、ゆる体操などをうまく使うことだ。特に骨盤のゆがみがあるとすべてが狂ってくるので、自分はいまゆがんでいないかがわかり、適宜体操などによって修正できるような力を養っておくことは大事だと思う。これは年を取ってくるとすごい差となって現れてくるはずだが、スピリチュアルにも、体に一種に透明感が出てこないと光はわからないのだ。自分が肉体ではなくて「エネルギー体」であるという感覚、これがわかるようになるとあと少しなのである。光がわからないとあせったりすると逆効果なので、いつでも深いリラックス状態を作れるように訓練することが早道なのだ。自己催眠や自律訓練法、テープによる誘導瞑想もトレーニングとしては効果的だ。ゆるまなければスピリチュアルもないと思った方がいい。

さてこの正月でのお気に入り音楽の紹介。ブラームスのバイオリン・ソナタ1~3番、パールマン(バイオリン)、アシュケナージ(ピアノ)である。ブラームスの室内楽というとなんとなく陰々滅々とした年寄りぽい音楽家と思えば、そういうのは演奏が悪いのであって、いい演奏で聴くとまったく澄み切った生命の流れのような感覚を味わえるものである。この曲はひじょうに内面的な音楽と言え、パールマンといえばやや外向的なエネルギーの人じゃない? と思うかもしれないがそこが何とも微妙なマッチングですね。いうならば「生命の泉」のようなところから澄み切った水がこんこんと湧き出してくるような感覚だ。それからアシュケナージといえばN響の指揮者になったので最近よくテレビに登場するが、細部まで神経が行き届いていて音の粒がキラキラしているような感じです。特に第二番の出だしは、始まった瞬間に「はっ」とするような感覚があり、その「はっとする」というのは、その瞬間にある世界が開かれていくということ。魂のモードが変わってしまうのである。そこに入ってしまうと、そこにはまざまざと「魂の世界」というしかないものが明らかな実在としてそこにあることが理解できる。・・もっとも、やはり窓の外では雪が降ったりしていることが望ましいと言える。冬なのに連日雲一つない晴天だったりするところに住んでいてブラームスをわかろうとなどということが間違っている。冬は連日雲がたれ込め、雪がちらちら降っていなければならないのである。快晴ばっかりだというなら、ブラームスなどやめてフラダンスか沖縄民謡でもやっていればよい。さらに深くブラームスを知ろうとするなら、理想の愛を生涯追い求めている独身の中年男でなければならない・・と、そこまでは要求しないが(^^;

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