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坂本政道『体外離脱体験』ほか

坂本政道の『体外離脱体験』を読んだ。「東大出エンジニアの」なんていうサブタイトルをつける出版社の策は好きではないが、この本はかなりいいものと言ってよかった。

特に、体外離脱体験を三つに分類しているのが秀逸な視点だと思う。つまり真性の体脱のほかに、体脱はしているが意識は夢の映像を見続けているという場合がある。つまりこれは「第二の身体」の感覚は明らかにあるのだが、それがその第二の身体的な知覚ではなくて、夢の映像に変換されて見ているということだ。これは明晰夢(覚醒夢)に近い状態といえようか。また、最初は真性体脱のように始まるが、途中から夢の世界になっていくということもあるという。この記述は、かなり正確であるようだ。私自身も、完全に微細身的な知覚は生じないものの、明らかな体脱感覚を感じる場合は少なくなく、その状態を明確に定義したのはこの書が初めてであった。

世の中には「体外離脱とは明晰夢以外の何ものでもない、神秘体験ではなく単なるエンターテインメントだから、楽しめ!」などという妄言を述べているインターネットサイトなどがあるが、そのようなものにまどわされてはいけない。この『体外離脱体験』ではその両者の区別は明確にされている。そのように主張する人は坂本の言う「タイプ2」の体験をとらえてそんなことを言っているのではないか。まあ、神秘体験というものの定義からして問題だが、私は、微細界(いわゆるアストラル界)をさまよっているだけのものを特に神秘とは言わない。

『体外離脱体験』の第六章は「考察・感覚器官と脳の機能について」とあって、「非物質の自己」があるという前提に基づいた一種哲学的考察を行っている。これは暗に、「非物質の自己こそがより根源的なもので、物質的な自己はその派生形態である」という前提を含んでいるわけだが、私もその通りだと思っているのでそれはよいとしよう。そこで坂本が言うのは、非物質の自己だけでは物質界の感覚作用は持っていないため、物質世界で外界を把握するための感覚作用が発達した」ということだ。そこで唯識も引用されている。つまり、物質的な感覚作用・感覚器官は、非物質の自己が物質世界で生きるためのツールであると言うのだ。これも私の基本的な考えと一緒で、私は肉体とはいわば「地球服」であると思っている。地球で生きるためのスペシャルな衣であって、そのようなものを着ていること自体は、実は本来の私にとってはきわめて例外的な状態であるということである。坂本の考えではまた、「意識」とは非物質の自己がもつ機能であって、脳が意識を生み出すのではないという。

この辺は哲学的に言うとなかなかこみいった問題があって、たとえば、唯識に従えば、そもそも私たちの感覚作用とその「外界」は同時に成立するもので、物質的な外界が独立して存在するとは見なされない。外界の存在の問題は唯識的論理構成だと難問となってしまうが、私は唯識の言う「共業」の問題などから『魂のロゴス』でこれを解決しようとしている(例によって、そこまでわかってくれる人はほとんどいないが)。簡単に言うと唯識では「種」の問題をとりあげていないため、独我論的アポリアの危険が出てくるが、「種」というコンセプトを導入するとそれは回避される。そのヒントは「今西錦司の進化論」にある、といのが私の着想である。その他「意識」の問題もフクザツだが今はそれは略する。

まあ、脳をいくら調べてもどこから「意識」が出てくるのかいっこうにはっきりしないわけで、最近の脳科学者はそのことをはっきり言ってしまっている。要するに、脳からなぜ意識ができるのかはまったくわからない、という白旗状態である。しかしそれなら、そもそも意識は脳から発生したはずだという基本的な前提そのものが違っているかもしれない、と考えることも必要であろう。だいたい私は脳科学なるものの哲学的素朴さにはいささかあきれているので、あまりにまじめにはとりあげていない。茂木健一郎の『意識とは何か』(だったか?)も、意識そのものを解明しなければならないという着眼点はいいのだが、それを昔からやっている哲学についていささか勉強不足であるために、かなり消化不良に終わっている中途半端な本だった。茂木には知的誠実さは感じるが、これがあそこまで売れているというのは一種の「脳ブランド」のせいじゃないだろうか。つまり哲学的な問いの仕方というものをみんな知らないので、中途半端な科学コンプレックスの残存が「脳の本」に人を向かわせるのではないか、と私は思う。

話を戻すが、そもそも体外離脱そのものはたいしたことではない。それは非物質の自己を探るための一つの手段である。離脱したからといって、「それでどこへ行って何を体験するのか」ということがかんじんなことで、その辺のどうでもいいアストラル界(微細界)をさまようだけでは何も精神的変化は生じない。よくそういうレベルで戯れているだけの離脱フリークがHPなどを出しているが、そういうものはあまりたいしたものではないと思う。ただ、非物質の自己というものがあるとはっきりわかるという利点はあり、それは大きなことだが、問題はその先ではないか。離脱すればますます、高い世界へ意識をフォーカスすることの重要性は高まるのである。また、そもそも離脱が絶対に必要なわけでもない。坂本の『死後体験』シリーズにもあるように、物質的意識を一部残したまま「あっち」へ行くことも十分にできるのである。その方が安全性の高い方法である(方法と言うが、実際はその人によりだいたいどちらかに決まってしまうことが多いらしいのだが)。

そういうわけで坂本の『体外離脱体験』は一読の価値ありだ。このほかにロバート・ピーターソンの『体外離脱を試みる』が訳されている。私はこれ、原書で読んだ時は、今ひとつおもしろい本だとは思わなかったのだが、訳されたのはタートの序文のせいかなあ。悪いというわけではないが、今ひとつ深い次元まで行けてないという感じがした。この種のものなら、Buhlmann の本がすごいんで、こっちのほうが訳されるべきだと思うが。体験レベルがモンロー並み。ピーターソンとはぜんぜん違う。もちろん坂本の体験はごく初期的なものである。坂本の本にもヘミシンクが出てくるが、たぶんそれが家でやって今ひとつできなかったのでモンロー研究所を訪れたのであろう。

4812701376体外離脱体験―東大出エンジニアの体験手記・考察 肉体から独立した自己が存在する!
坂本 政道


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