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2005.12.28

音楽と「光の世界」

話は変わるが、最近、音楽の聞こえ方が少し変わってきた。先ほども、モーツァルトの交響曲(ハフナー、リンツなど)を聴いたが・・そこにはっきりと光の世界が現出していることを感じるのである。それはもう圧倒的な光明であって、それが次から次へと、時には強烈に、またあるときはふんわりと、どこまでいっても極めつくせない無限の広がりの中に輝きわたっているのであった。昔であれば、このようなものを感じればそれを神秘体験かと思ったかもしれないが、最近は音楽に限らずときどきあるので、それはすでに私の世界の一部といってもよい。しかしこれはまったく永遠の生命という言葉で呼ぶしかない。私は天界の実在をありありと感じる。

音楽というのは実に不思議なもので、しばしば、霊的世界と直接コンタクトしているのではないかと思えるほど、その光明を強く感じることがある。つまりその瞬間には私の精神がある霊的な実在の世界と同調している状態にあるのだろう・・とプラトン的美学の立場からは言うことができる。

そういうときには、このような永遠の生命の世界が実在すること、この輝かしい光明の世界が実在することを一人でも多くの人に知ってもらいたい、という切なる願望を感じる。それは、こうした光明が支配している世界秩序が実在することの記憶であり、それが地球においても実現することへの希望である。神学的な立場から言えば、そのような永遠の世界が地上に樹立されることは、神の精神の中においてはすでに実現されているのだということである。

振り返ってみると、この永遠の生命が自分の中を流れていることを直覚できたとき、この世に生まれてきたことの「第一課題」はクリアされたと言ってよかろう。つまりそれはいいかえれば光明の世界が実在するという確信を得るということである。どうもそういう感じがする。それをクリアしたら次は「第二課題」に入るだけである。ともあれ、そのくらい、この光明の世界を知るか、知らないかというのは決定的な差であり、人生は一変すると言っても過言ではない。本当に一人でも多くの人がそのことを知ってもらいたいというのが、私の「本音の本音」なのである。・・と、そうはいっても「知る」にも無限の段階がある。上に書いたことは、本当の「第一歩」に過ぎないのである。

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