« 『心の対話者』 | Main | 『エーテル界へのキリストの出現』2 »

哲学的山登り

哲学関係は私はあくまで専門家ではなく、自分のスピリチュアル思想の基礎づけという意味でいろいろ勉強しているのだけれど、前から書いているように、現代の哲学では現象学が最も「ことの真相」に迫っているのではないかと考えている。つまり、世界とか自己というのはなぜここにあるのかということである。現象学から唯識の立場へ深まり、さらに唯識をも超えていくというのが、もっとも知的に霊的思想をとらえることができる道筋であると考えている。その辺まで行くと、プロティノスと出会うこともできるだろうと思う。『魂のロゴス』では現象学の部分が少なかったので、そのへんは次の仮題となっている。

最近ではダン・ザハヴィの『フッサールの現象学』がよかった。これはひじょうにわかりやすい。
といっても哲学に縁のない人がいきなり読んでわかるものではない。ザハヴィに行く前にまず斎藤慶典『フッサール 起源への哲学』、山口一郎『現象学ことはじめ』をお勧めすることにしている。それから谷徹『現象学とは何か』と、クラウス・ヘルトの『二十世紀の扉を開いた哲学』、新田義弘『世界と生命――媒体性の現象学へ』そしてこのザハヴィと、フッサールに関してはそんな本が特に参考になった。また巷では竹田青嗣がはやっているが、この人はちょっと自分の関心に引きつけすぎるところがあるのでやや注意が必要であろう。竹田についてはヘルトくらいまでを読んで正統的な解釈を知ってから接するほうがいいかもしれない。フッサールを理解できるようになると世界が変わる。それがどうしてスピリチュアル思想と接続するのかというのは、簡単には説明できない。フッサールを理解できるようになったらその先が見えて来るということである。その「先」ということをかなり明確にとらえているのはミシェル・アンリである。実はこの冬休みにはアンリの大著『現出の本質』を読破することを計画している。夏頃に待望の翻訳が出たのだが読む時間がないままでいた(夏休みはかなり休んでしまったのだが)。本格的な山登りのような気分で読み始めるが、30ページくらい読んだところで、予想通りこれはすごい本らしいということがわかってきた。今はまだあまり知られていないけれど、これはことによると、ハイデッガーの『存在と時間』にも匹敵する、いや超えるような二十世紀哲学の大傑作なのでは? という予感もし始めた。苦労してそれを踏破した人間のみが見ることができる風景というのがあるわけで、哲学書を読むことは登山に近いものがあるようだ。しかし、上下巻で千ページ以上、投資額は一万四千円ですか・・

ちなみにこういう哲学というのは「人生の意味とは何か」というような問いを求める人が読むものではない。そういうものとはちょっと違うのである。最近、「生きる意味とは何か」なんていうテーマの本を新書なんかで書いてしまう人が何人かいるけれども、よくそんなテーマで書けるな~~と感心するというか、何というか。もちろんそういうのは「真理」を語ろうというつもりではなくて、自分のしてきた探求をシェアしようという意図だろうとは思うのだけど、私にはそういう本は書けそうもない。他人の人生を導こうという行為には大きな責任が伴うもので、もし自分のせいで誰かが道を誤れば、そのカルマを引き受けねばならないことになる。つまり相当なる度胸と自信がなければなかなかできることではない。そういう責任を自覚した上で、よしやろうという人には決して皮肉ではなく敬意を表するものである。


4771015015フッサールの現象学
ダン ザハヴィ Dan Zahavi 工藤 和男


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


4588008137現出の本質〈上〉
ミシェル アンリ Michel Henry 北村 晋


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

« 『心の対話者』 | Main | 『エーテル界へのキリストの出現』2 »

霊性思想」カテゴリの記事

April 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ