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心理学については

そういえば、発展系レイキについては、Reiki Sourcebook という本に網羅的にいろいろな情報がのっていて、参考になる。レイキのいろいろな技法も出ているが、土居裕の『癒しの現代霊気法』の英訳が欧米にけっこう影響を与えていることがわかる。

なお、このブログで主に扱っているのは、世界観、宇宙モデル、身体技法、ヒーリング・・などの話であって、心理学や心理療法については扱っていない。

思えばユングなんかを面白いと思っていたのが遠い昔のような気がする。心理学については、ミンデルをのぞいてほとんど興味がない状態だ。ミンデルも、コンセプト的には非凡だが限界はあると思っている。ユングについては、正直言うとこの2006年にもなってかじりついているのはちょっと古すぎるような気がする。橋渡し的な人ではなかろうか。こういう中途半端なものはもういいか、という感じかも(ユング自身の功績は評価するけれども)。

実際、エネルギーパラダイムに立つと、「心」というものを明確に分けてそこへアプローチしていく、というやり方はどうも一面的に感じるので、心と身体はエネルギーレベルにおいては一体であることをまず基本の前提としてやってくべきではないの、という感じである。ファーカシングでいうフェルトセンスというのも、一種のエネルギー的な知覚であるように思われるが。エネルギーレベルの知覚に明確にフォーカスしたのがミンデルの功績なのだが、さて、そこから何処へ、という状況であろうか。TFTなんかも新しいエネルギーパラダイムによる療法の可能性を見せているものかもしれない。

エネルギーパラダイムに立って行われているセラピー的な行為の多くは、いまだ学問的認知の領域外にある。実はそっちの方にはすごい本物とめちゃくちゃなガラクタとが入っていることになる。社会的に認知されていない世界に足を踏み入れるのはコワイ、という気持ちもわかるが、それでは本当にオモシロイものには触れられない。

ファジーな境界領域にトランスパーソナル心理学がある。そこでやってることも、「認定外」でやっているホンモノに比べると大したことないとも言える。しかしまあそれは、境界を少しずつ動かすのが使命であるのだから、やむを得ないだろう。だがやはりトランスパーソナルの方でも、もう少し理論的な拡大を図らないとだめだろう。ウィルバー理論に依拠していても、決して領域内に取り込めないことがらが多数ある。もっと包括的なものでなくては。とはいってもあまりに踏みこみすぎると社会から拒絶されるし、そのへんはむずかしい。つまり、これは常に社会の動向とのかねあいで「さじ加減」を決めていくことなので、それは、個人としてどこまでもホンモノを求めていく、という行動とは質的に違うのである。だから、トランスパーソナルなどというのは心理学者やセラピストが考えるべきことで、それ以外の人は学問でどういわれていようと気にせずに、自分のこれと思ったものをやればいいだけである、と思う。私の知る限り、トランスパーソナル派の多くは「心理療法や精神医療の中に何らかの意味でスピリチュアリティーを取り入れよう」としているだけで、霊的なことがらの実在を学問的に立証しよう、などという研究をしているわけではない。そういう期待を抱くのは筋違いなので、誤解しない方がいいだろう。この実在の世界とは何であり、それを超えた世界はあるのか、という問題は形而上学という分野なのであり、それは広義の哲学に含まれることになる。(日本のトランスパーソナルの現状については、前に紹介した石川勇一『スピリチュアル臨床心理学』がほぼ伝えていると思う)

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