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オギュスタン・ベルク『風土学序説』

CDを集めることもそうだが、本についても私は、あるテーマについて手に入れられる限りのものを集めて読もうという情熱は、まったくない。これはと思ったものに繰り返し沈潜するタイプなのである。だから、アカデミズムには向かない。自分で何か書くのでも、できるだけ引用や注釈の少ないものが好ましい。これでもか、と引用文献があっと驚くほど羅列してあるのは、自分の勉強ぶりをジマンしているような感じがしてどうも好きになれない。

思想関係では最近、これといった本に出会わなかったが、久々に面白いと思ったのがオギュスタン・ベルクの『風土学序説』だ。著者はもともと地理学者で、景観や風土の問題をやっているのだが、なぜか哲学、それも存在論に詳しい。そもそも存在するとはどういうことか、というところから話が始まって、プラトンのコーラ(場)や西田の場所論が出てきて、近代的な世界了解を相対化しようということらしい。

私のような「スピリチュアル思想研究家」に何でそれが関係あるのかといえば、そもそも近代人がスピリチュアルの世界と離れてしまったのは、近代特有の世界了解の仕方を無意識にインプットさせられてしまっているからであって、その根源から解体していくことが、実はスピリチュアル回復のためにもっともラディカルな戦略となりうるのである、ということだ。

こういうブログ形式では、そういうことを基礎から積み上げて理解していくというスタイルは取れないし、最初からそういうふうな啓蒙的な意図があるわけではなく、単に自分が書きたいことを書いているのを人が勝手に見ているだけ、というのがこのブログの趣旨である。そのために、断片的に記事を読むだけではとんでもない誤解をされている可能性もあり、たとえば以前には、私は「霊的なことを科学的に証明する学問をやっている」などというむちゃくちゃな誤解をしていた人さえあった(哲学と科学の区別さえついていない)。このブログだけでは決して私の考えていることの全体はわからないので、それはきっちりと書物などの形にしたものを読んでもらわないとだめなのだ、ということは断っておきたい。

『風土学序説』は、まだ半分くらいしか終わっていないが、これまでのベルクの本と比べても深いところから論じていて、たしかに「主著」となりうるものだと思うし、根本的に世界了解を考え直すための存在論の本としても出色だなあ、と思う。基本的には、近代的なデカルト=ニュートン的なパラダイムの批判であり、「そこに何かがあるということ」を考え直すということになるのだが・・ 「そこに何かが存在する」ことには、見えない次元に何かが関わっているということなんである。その見えない次元を切り捨てたのが近代的な世界観だったということ。

つまり、「風土学」なんてタイトルで誤解するような、単に地理的な差異のことを書いているわけではなくて、存在と世界との関係についての原理的考察から、景観や空間デザインの問題までを射程に収めようという壮大な視野で書かれている本なのである。

「そこに存在する、ということは、ある世界性がそこに成立しているということである」ということで、それを提示したのがハイデッガーの「世界内存在」という概念だった・・ ということが、重要な転回として位置づけられているようである。

哲学と景観論の両方がわかるなんていう人はそうそういないので、こういう本を書けるのは彼しかいないですね。

なお、この本は初級者向けではない。かなりの予備知識がないと無理だと思う。


風土学序説―文化をふたたび自然に、自然をふたたび文化に風土学序説―文化をふたたび自然に、自然をふたたび文化に
オギュスタン ベルク Augustin Berque 中山 元


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