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『ハトホルの書』再び――神話的なるものについて

このところ折に触れて『ハトホルの書』を読んでいたりして(笑) イヤ、これホントにイイんですよ。この手の本を忌み嫌っている人もあるようだけど、私はこの前書いたように、神話は神話として受け取って、イメージ的に読むので、あまりに気にしない。それより基本的に穏やかな愛の波動が流れているような感じでエネルギー的に気持ちのよいものがあります。私は「アセンション本としてはまとも」と言ったのではなくて、実際「スピリチュアル本一般としても一級のもの」と言ったつもりである。アセンションなんていう終末思想的なアオリは皆無である。だから宇宙人とかいっても、それは『神との対話』や『奇跡のコース』がチャネリング起源であるということと同じくらいの意味しかない。内容が問題である。『神との対話』を書いたのが本当に「神」でなくてもいいように、これを書いたのが宇宙人でなくてもいい。そういう意味である。

これはエネルギー体の調整から感情を整え、愛の波動と同調していく過程が詳しく書かれ、プラクティカルでもある。基本的にこの本は、あまりオカルト情報に振り回されることに警告を発し、むしろ地道に自分のエネルギー体を整えていく道を語っているものなのだ。世に言うアセンション情報のノリとは対極的なものがある。

別の言い方をすると、この本を読めば、ほかのアセンション本などは読まなくてもよいということがわかる、というものだろう。表面的なイメージにひきずられてはならない。

このブログを読んで佐藤美智子『瞑想から荒行へ』を買う人が多いようだけど、佐藤氏はあくまで行者を本質とする人なので、かなりコアであり、あまり一般向きとは思えない。むしろ『ハトホルの書』などのほうがすぐに応用できる要素が多いように思うのだが。これは私の持論でもあるが、「荒行」などをやるのは、止めたとしてもどうしてもやりたくてしかたがないようなごく一部の人だけでよく、それよりもいまもっと問題なのは、もっとフツウの人が日常生活と平行しつつ光を高めていく技法なのではないか、という思いがある。

ところでこの前ボブ・フィックスの壮大なる幻想文学を取り上げたが、なぜボブ・フィックスが出てきたかというと、彼の『アセンション・ハンドブック』は意外とかなりまともな本だったからだ。これもむしろ良書と言ってよい。

まあ、こういう情報が最近はいっぱいあるわけで、「サニワ」はますます重要になっているということだ。でもやっぱり、こういう種類のものとは何か超えられぬ一線があるかのような感覚の人もいるんですね。私はいつかはわからないがそういう抑制が解除されてしまったみたいで。でなきゃこんなこと書くわけないわな(笑)

人間は本来、「深々とした宇宙とのつながり」を感じずには生きていけない存在なのだと思う。それで、ユングも「人間には神話が必要である」と説き、神話を排除する合理化の行き過ぎに警鐘を鳴らしていた。

宇宙のイメージを、科学者などに独占させてはならない。宇宙をどう感じるかは、アートやデザインの世界である。

占いもまた、宇宙感覚との戯れであり、宇宙遊びである。だから一部の精神世界本の破天荒さも、神話を欲求する人々の心を満たす役割をしている。科学が宇宙を語ってしまうという越権行為を常識とする立場からは、それが「ぶっ飛び」にも見えるのであろう。私は、およそ宇宙についての言明はすべて幻想文学でしかありえない、と思っていて、すべてその前提からものを見ているのである。問題は、それが人の心を高めるよいファンタジーか、悪いファンタジーかということである。

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