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レイキについての雑感


先日、レイキの老舗であるヒューマン&トラスト研究所(川崎市)の方々とお会いする機会があったが、話によるとこのブログを見てレイキの受講に来た人が数人いるとか・・

単にヒーリングだけではなく、スピリチュアルな質的向上の道としてレイキをとらえる考え方に共鳴する人もいるようだ。それは土居裕『癒しの現代霊気法』にもはっきり打ち出されている視点である。もちろん、「ヒーリングだけではなく」というより、ヒーリングそのものがスピリチュアルであるということだ。というのもヒーリングというのはつきつめれば、根源にある光=愛のエネルギーを媒介することだからだ。それは優れたスピリチュアル・ヒーラーの人々が口をそろえて言っていることである。実際、深い次元でヒーリングを体験すると、そこにある巨大な光=愛の空間が開かれていることに気づくものである。

私は、スピリチュアルといっても根本はシンプルだと思うので、それは結局、その光=愛につながるかどうか、どういうつながりかたをするか、ということに集約されるのではないか。あとはすべてそのための方法論の問題でしかない。だからエネルギーヒーリングというのは、それが本物のエネルギーである限り必ずスピリチュアルであるし、そのエネルギーを媒介できるようになることが霊的向上につながるのはしごく当然のことだと思う。

結局、宇宙というのはエネルギー的な存在である。存在するものは「もの」ではなくエネルギーである。だから何がどうあるか、ということは、どういうエネルギーであるか、ということと同じである。したがって、その存在のしかたによるエネルギーには質的な差があることになる。だから、宇宙において、よりコアの近くにある「高次元」の世界領域は、人間が住む世界領域とは異なるエネルギーを持っているわけで、そのような高次元のエネルギーと人間的エネルギーの世界とがいかに媒介されるのか、という話は、実はヒーリングでもあり同時に広義の宗教の問題でもある。そういう媒介についての基礎知識は、バーバラ・ブレナンの本などに書いてある(このブログを読むほどの人はほとんど読んでるかも)。

そのようにより高次元のエネルギーを実際に「体感」しうるようになること、これが重要なことだ。体感できなければ単なる頭の知識にとどまる。つまりある種の「感受能力」を発達させること、というのが霊的発達でもある、と言えるかもしれない。そのためには浄化が不可欠である。これは、いろいろなヒーラーやサイキックたちが、そういう能力の発達にとっていかに自己浄化が大事なのか、強調しているとおりである。

霊的な力を持ったマスターならば、こうした「感受能力」を開かせることができる。それが伝統的な密教では「灌頂」と言われている儀式である。もちろんこれは弟子の浄化が進み準備が整ったのを見きわめて行うことである。マスターというものは他の人に「力をつけてあげる」ことができるわけで、そういうエネルギーを受けると、受けた人の霊的知覚力が開いてくるのである。(正直言うとこういうふうに説明するのは「初心者向きモード」である。ある程度この道でやっている人ならだれでも知っていることなのだ。学者の書いたものを読んでも書いてはいないが) このマスターというのは肉体を持っている存在でなくてもいい。「人」でなくてもいいわけで、高次元存在、つまり神仏のようなエネルギーでもよい。そういう高次元存在からエネルギーが伝達される、ということが密教の中には含まれている。こんなことは普通の学者の本はもちろんウィルバーを見たって書いてはいないが、それが事実である。キリスト教の聖書によれば、イエスの受難後しばらくして、弟子たちに聖霊が下りてきて、弟子たちは霊的能力を持つようになったと言われている。これはまったく事実そのものだと思う。イエスとして現れた高次元存在がその本来の領域に帰って、その次元から弟子たちにエネルギーを送ったということである。このようなことは宗教、霊性の世界ではあたりまえであり、真言密教行者に対してはいまも弘法大師がエネルギーを送り続けているはずである。役行者だっていまも大活躍中である。(ちなみにペンテコステ派という新しいキリスト教では、そのように聖霊を受けることは誰にでも可能だと考え、実際にそういう聖霊体験を重視している)。

つまり、こうした密教的なコンセプトを理解するためには、現代社会の世界観には存在しない、次のようなコンセプトが前提として理解されねばならない。

1.存在とはすべてエネルギー的現象である。
2.存在世界はエネルギーの質に応じて多次元に展開されており、それぞれの次元において存在者がある。
3.異なる次元間においてもエネルギー的な交流がありうる。
4.人間の世界領域とより高次の世界領域(場合においては「低次」もありうるのだが)にはエネルギー的な回路が作られている。
5.その回路はしばしば、ある言葉(真言・マントラ)、象徴、所作のパターン(儀式)などによって活性化するように設計されている。
6.そのような回路を管理する高次元存在がある。

これは密教やヒーリングだけの話ではなく、およそ本物の宗教現象には必ずある要素ではないかと思う。こういう話は、禅とかヴィパッサナなどにくらべるととても「宗教っぽい」もので、抵抗感のある人も多いと思うが、ここまで見ていかないと、本当にスピリチュアルなことがらはわからないのである。いつまでたってもそこに踏み込めない学者などに業を煮やして、あえてここで書いてしまう次第である。なかなか知識人になるほど入っていけない世界ではある(私がなぜウィルバーには物足りないのか、ここまで言えばおわかりでしょう。ウィルバーは合理的だし、「知識人受け」がよい。だが、知識人が too much! と叫ぶようなことにこそ、むしろスピリチュアルの中核があるのだが・・)。

たとえば真言密教などは上の要素をすべてふくんでいるもので、6の管理者とは、大日如来をはじめ弘法大師までグループであるだろう。

何のためにそうした回路ができているのか、と言えば、それはやはり人間がじょじょに光=愛の領域に近づいていくことが「宇宙的な基本計画」としてあるからだ、ということになるだろう。こういう「宇宙計画」のことは、実はあまり東洋的霊性には出てきていなくて、その点では西洋的霊性に学ぶものがある、というのが私の考えだ。そういう宇宙計画について語るというのがキリスト教のよい部分である。それをシュタイナーにならって「キリスト衝動」と呼ぶこともできるかもしれない。(ま、これが今さら「ぶっ飛び」と言うほどのことはない。こういうことはすでに本にはっきり書いてしまっているわけで・・ ともかく私としてはそれがオカルトではないことを言っておく。これは人類の霊的思想の伝統として存在することの一つである)

さて、レイキをはじめとして、最近やたらに増えてきたエネルギーワークというのは、こうした密教的な原理を、宗教・宗派という枠を完全にはずしたところで成立させようというものだ、ということになる。スピリチュアルが宗派という枠内で成立するという時代は終わったのであるから、それは当然のプロセスだった。そういう大きな流れの中で、臼井レイキというものが一つの重要な役割を果たすことになった、というのが私の理解である。それも大きくいえば「宇宙計画」の一部としてあったに違いない。

レイキについては、それがあまりに自由な広まりかたをしており、密教の場合のような、修行者に求められる「前行」をパスしてどんどん伝授がされている、という問題がある。そういうシステムになったことも意図があるのであろうが、現状を見ると結局「自分が受け取れる分しか受け取れない」ということになっているのかもしれない。

私の周囲でも、レイキを伝授されたことがある、でもよくわからないとか、ほとんど使っていないという人がものすごく多いのである。なかにはシンボルさえ全部忘れている人もある。

形だけ伝授されても、まだその時期になっていない場合にはそのエネルギー自体への知覚力が開発されないのであろうか?

そういう要素もあろうが、そのほかに、伝授を受けるティーチャー、スクールに問題がある場合や、あるいは伝授後のフォローや自己ワークが十分にされていない、という問題などが見受けられる。

安いところには安いなりの理由があるので、ほとんどレイキを使わずシンボルさえ忘れてしまうようでは、「安物買いの銭失い」そのものである。それなりに力のあるよいティーチャーやスクールを選べば、エネルギーはわかるようになるし、わかるようになれば続けていけるものである。

だから、レイキを受けたけどさっぱり、という人は、もう一度よいスクールを選んで再受講をすることを検討してもよいのではないだろうか。その際に予算とかにこだわるとろくなことはない。質だけを見て選ぶことだ。

スクールについてだが、一日でサードまでやってしまうとか、そういうところはまず、やめた方がいい。そういうやり方はあまりいいことがない。好転反応が出すぎて入院したりすることもあるし、エネルギーがよくわかるようになるかは疑問なので、各ディグリーの間は必ずある程度あけて受けた方がいい。ファーストとセカンドを続けてやることもあるが、これもできればあけた方がいい。
(例の、シンボルをHPで公開してしまっているあるスクールは、一日でティーチャーまでやってしまうそうだ。私は人の選択に干渉したくはないが、ここだけはやめた方がいい。不穏なエネルギーが漂っていて、危険さえ感じるのであえて書いておく)

それから、そこではヒーリング(施療)をやっているか、もポイントだ。施療をやらず伝授だけメニューにしているところよりは、日常的に施療もやっているところの方が絶対にいいのである。そして、伝授を受ける前にまずヒーリングを受けるという体験をすることである。ヒーリングである程度浄化反応を出してしまってから伝授に進むのがベストかもしれない。

それから、伝授後のアフターフォロー体制もポイントだ。そこで交流会とか勉強会などが定期的に行われているかどうか。後で気軽に質問できるかどうかということ。だから、なるべく自分に近いところの方がよい。なお遠隔アチューンメントというのも技術的には可能なことだが、よほどエネルギーワークに慣れている人でなければ、避けた方が無難である。

そして最後だが、根本的問題として、そのヒーラー自身の霊性というか、ヒーリングに取り組む根本姿勢である。これはけっきょくHPなどを見て、エネルギー的に共鳴できるかどうかで読み取っていくしかないだろう。いいと思ったけどハズした、という場合は、けっきょく自分のエネルギーがそういうレベルだったからそうなったので仕方がない。それも学びのプロセスなので決して失敗ではないと考える(いまでさえ、オウム<アレフ>に入会する人がいるというのだから、エネルギー共鳴というのは実に強烈なものである)。

ちゃんと学べば、4つのシンボルのエネルギーの違いなども明確にわかるようになる。さらに発展系のカルナレイキには8つのシンボルがあるが、それも全部違いがわかる。
そこまで行くと、臼井マスターシンボル(第四シンボル)といわれるもののエネルギーがいかに高いものであるか、ということがわかってくる。端的に言ってそれは巨大な光である。こういうエネルギーを短時間で呼び出せるようになるというのは驚くべきことなので、昔では、長い修行の末に灌頂を受けた人々だけに許されていたことかもしれないなあ・・などと思ったりもするかもしれない。

しかし上に書いたような理由で、他のワークに比べてレイキは「宗教っぽい」というか、理解するにはある種の世界観的転換が要求されるという意味では、一般に受け入れられるのがむずかしい側面を持っている。もっとも、「オーラの泉」がこれだけはやっていて、レイキも大都市圏ではかなり伸びてきている。そこで、質の見きわめはさらに重要になってくる。レイキの他にもいろいろなエネルギーワークがある。それらも、何らかのエネルギーはたしかにあり、ないものをあると言っている詐欺ではない。ただそのエネルギーはどういうものか? の吟味が必要になってくるのである。

結局、なぜ私がレイキに着目しているかというと、それが世界的に広まっているということはもちろん、「密教型」のスピリチュアリティーという構造を持ちつつ、いままでの封印を解いたかのような大衆化、簡略化となっていることがとても興味深いのである。よく、地球の霊的進歩が加速されているという話が言われているが、本当にそういうことかもしれない。以前はごく限られた人しか持てなかった「高次元エネルギー感受能力」がこれほど簡便に発達されるようになるというのは驚きでしかない。なお、こういう高次元性はサードになってわかることなので、どうせならそこまで進むのがよいと思う。

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