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火星人はいるのか

さらに『太陽の秘儀』を読んでいくと、ダスカロスの前世はオリゲネス?? とか自分で言っている。
そして、「宇宙からの訪問者」では、火星人とのコンタクトの話が!!

ここまで来るとさすがに「これってトンデモ本だったの!?」という反応が出てくると思うが・・ しかし、実は、「地球外知性体」の存在に言及している人々は決して少なくないのである。思いつく限りでも

スウェーデンボルグ
五井昌久
本山博

なんて、錚々たる人々がはっきり口にしているんだが・・ ダスカロスは「実は、太陽系の中で地球はいちばん進化が遅れている」と言っているが、同じことを五井昌久・本山博も言っているんだね。

まあ地球人の現状からすれば、トンデモと思われてもやむを得ないかもしれない。
しかしこれにはそもそも、「根本的に、生命体が存在するっていうのはどういうこと?」という問いがあるってことを忘れてもらいたくない。

つまり、濃密な物質レベルの「肉体」として存在することが生きているっていうことだ、という前提に立っているから、物質レベルでは荒涼とした世界である他の惑星には生命体はいない、という結論にならざるを得ない。

しかしながら、生命体の本質は物質レベルではなく、もっと高次領域にあるという前提から出発すれば、肉体を持つことはその生命体の「表現形式の一つ」として理解できるわけであり、その形式が普遍的であると考える絶対的な証明はない。ただ今の地球人にはそのようにしか考えることができない、というだけの話で。つまり「肉体としての表現形式を持たない生命体」という存在形式がありうるということを認めてしまえば、火星人や金星人が存在することは論理的にありうる話となる。これは別の見方をすれば、「天使」とか「高次元のマスター」なんていう存在者があることを可能性として認めることにもなる。

トランスパーソナルなんていう、なんとかしてアカデミズムに認められたいと思うばかりに、意識的・無意識的な「自己規制」が入っている人々には、絶対に超えられない一線がある。つまり

「肉体としての表現形式を持たない生命体が宇宙にはある」

これを受け入れるかどうかが、いま、「最前線」の「踏み絵」だといってもいいんじゃないかと、私には思えるんだが。そして、この一線を超えないと見えてこない世界というのもまた、あるわけだ。

ことわっておくが、こういうことは、伝統思想では当たり前のこと。
たとえばヨーロッパ中世の神学などは、天使という非肉体的知性体が存在することは自明とされていた。
仏教だって多くの如来、菩薩などの存在が前提とされている体系である。
それを、ユング的な元型だなんだと言って合理化した説明をしようとするのは、要するに、自分がトンデモの世界に入ってしまうような気がしてコワイのに過ぎないのかもよ。

しかしトンデモだというのは単なる常識の立場からの感情的な反応にすぎない。問題の核心は「生命と身体性との関係をどう理解するか」という思想的なポジショニングである。生命とは何かということがわかっていない人、それについて徹底して考えたことのない人が、「トンデモだ」などという口を叩くのはゴーマンなのである。

ことわっておくが、私は、「ほんとに火星人ってのはいますよ」と言っているわけではない。会ったことはないからね・・ 私は「そうかもしれない、その可能性を否定する根拠はない」ということを言いたいだけ。

しかし・・ダスカロスは、火星人はどんな格好をしているかと語ってしまってるんですが・・
坂本氏の本には宇宙人のイラストが出てくるが、いい勝負かもね。

まあそういう話ってオモシロイじゃないですか。
あんまりクソマジメな人とはつきあいたくないものですね・・

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