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輪廻神学

野呂芳男の「輪廻神学」として、次のような文章も発見。

そうしますと,別に聖書と矛盾する訳ではありませんから,サムサーラの思想をキリスト教の中に受け入れても差支えないのではないかと私は思います。聖書の中にそういう教えはないから考えることはやめた方がよい,というのでは,納得できません。それでは前にも申上げましたが,私たちはテレビもラジオも,自動車も飛行機も使うべきではなくなります。勿論,私もサムサーラの信仰が,インドではカースト制度を守るために使われていることはよく承知しております。従って,サムサーラにバプテスマを授けて,キリスト教化しなければなりません。サムサーラを神のアガペーによる訓練の期間と見るのです。中世には練獄思想がありましたけれども,これは勿論聖書にはない思想でしたが,教会はこの思想に見られるように,死後における人間の聖化について考えざるを得なかったのです。サムサーラの思想の方が,同じ目的のために私にはより良いものだと思えるのです。生れ死に,生れ死にながら,宇宙空間のどこかで,あるいは,宇宙空間を越えた所で,神の良しとする所で,私たちはもっと愛の訓練を受ける必要があります。この汚れた私たちが,死後いきなり神と1つとなるとは私には思えない。愛は実に忍耐強いものですから,神はおいそぎになりません。私たちも自分の聖化をいそいではいけないのです。無理やりに自分を聖化するなどは,神の愛の何であるかを知らない者のする自己いじめであり,自己義認です。

死をめぐって説教で何を語るか

私に言わせればまったくもって当然の考え方だと思うが・・ 特に「宇宙空間を越えたところでもっと愛の訓練を受ける」というのはいい。こういう想像力を持っている神学者は希有である。

この論文のほかのところでも言っているが、輪廻を肯定するためにはそれとセットとして「霊魂不滅」がなければならないのだ。ところが正統派のキリスト教では、「霊肉一致」を原則とするので、魂が肉と離れて存在すると考えては困るらしいのである。古代教父のオリゲネスなどは、ギリシア的な霊魂観が強くあったので、輪廻を肯定したのであった。

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