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霊の目

エウリゲナの「ペリフュセオン(自然について)」を読んだ(『中世思想原典集成6 カロリング・ルネサンス』所収)。

これはまた、人間知性に可能な神認識とはどういうものかとか、万物が神から発出していつか神へと還帰するという終末の時とか、そんな話をしている。教師と弟子との対話体である。

正直、うらやましかった。こういった本を何の屈折も韜晦もなく書けた時代というものが。
ギリシア教父、エウリゲナ、ボナヴェントゥラ・・

私はあまりに、現代の知識について読み過ぎたかもしれない。もし、世の中の学問の大半が、このように「いかにして神認識は可能となるか」とか「歴史における超越的な愛との交わりについて」などというテーマについて考えるものであれば・・いや、少なくともそういう神学・哲学の分離以前のパラダイムに立つ思想が哲学の主流を占めており、高校などでも教えられているなら、どれほど違った文明が展開されていることであろうか。

べつに、複雑な問題ではないのである。ただ一点、「人間には、感覚的経験の次元を超えて、超越的な次元を体験しうる潜在能力がある」というテーゼを、認めればよいことなのだ。つまり「霊の目」があるということだ。

その「霊の目」によって、宇宙から到来する「恩恵」の存在も、理解できるのである。

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