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古代思想のディープさについて

そういえばこれはだいぶ前に書いたはずなのだが、ブログという性質上、もう一回書いておきたい。

最近書いているような、西洋精神史のもう一つの面(それが現代は活発に浮上しており、さながら第二のルネサンス時代を呈しているわけだが)に興味がある人は、次の本を絶対に読まなければなりません。

456005763Xエゾテリスム思想―西洋隠秘学の系譜
アントワーヌ フェーヴル Antoine Faivre 田中 義広
白水社 1995-02


村上陽一郎の『科学史の逆遠近法』はルネサンスまでだったが、こちらは近代の神秘学的伝統も書いてある。

さて、ついに『プネウマ説の発展――ストア派から聖アウグスティヌスまで』というフランス語の本を借りることができた。なんと570ページの大著である。しかし内容は・・まさに私の知りたかったことがこれでもかと書いており、まるで、宝の洞窟に入ったアリババみたいな気分である。この本はなんとしても手元に置きたい・・ところだが、もはや入手不能なのであります。それにしても Verbeke という名字、なんと読むのじゃ? あまりにもおもしろそうなので、全巻読破するかもな。

どうも古代思想のおもしろいところが日本ではほとんど無視されていることに気がついた。フィチーノが古代哲学だと理解していたものは、プラトン・アリストテレス・プロティノスはもちろん、イアンブリコスのテウルギアやら、カルデアの神託やら、ヘルメス・トリスメギストスなどが入り交じったものであったのだ。いまではプロティノスなど哲学史では一行で片付けられていることも多いが、フィチーノはプロティノスのことをプラトン思想の完成者だと受け取った。その見方はその当時では常識的なものであった。つまり言いたいことは、いまは、あまりにもそういうプラトン以後に出てきた「プラトンにまつわるさまざまな思想傾向」を軽く見て、そういうものをまったく無視した上でプラトンを研究する方向性が強いということだ。

なんか私は感覚が違うというか・・ たとえば古代の思想家は「人間に対して星の影響はどこまで及ぶか」なんてテーマをまじめに論じていたが、現代の研究家はまったく興味を示さないであろう。しかし友人知人にプロの占星術師がいるという私にとっては・・ プロティノスはまじめに「守護霊」について書いている。またフィチーノなどは「気息魔術」について、ちゃんとやらないと悪い霊が来たりするから注意しなくてはいけないと、まじめに書いてあるのだが、多くの研究者はそこに何らかの「リアリティ」を認めることはむずかしいだろう。しかし・・(以下略)  つまり、現代人によって描かれている古代像は多分にフィルターにかけられている。そこに気をつけないといけない。

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