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忙中閑なし?

いや~忙しい。いま、過去のプネウマ論をふまえて、微細エネルギー(気)の問題をこれからどう考えていくかという論文を書こうとしていて、月末までに仕上げたいのだが、参考文献が無数にあって消化するのが大変である。Verbekeの本をまた借りてきたので、今度はそのストア派のところを読み、またFrendenthalによるアリストテレスのプネウマ論にも目を通す。さらにルネサンスの霊魂観、英国のケンブリッジ・プラトニストについて・・等々。しかし、ルネサンス精神史に関する文献はきりがないほどあり、ワープロのファイルに文献リストを打ち込んでいるが、あっという間に二倍、三倍と増殖していく。汗牛充棟」とはこのことである。きりがないので適当なところで全体の見通しを立てねばならない。論文というのは非常に細かいところの議論が多いので、全体像をつかんでいないと情報がうまく位置づけられないのだ。

ここで確認したいと思っているのは:
1.新プラトン主義、フィチーノ、パラケルススなど西洋の微細エネルギー技術(「魔術」と呼ばれるが)は、具体的にどのようなことをやるものであったのか、それを現代のヒーリング技術との対比において見ること。
2.ルネサンス的な万物照応的世界観から、「見えるものの間の連関のみですべてを説明する」という精神への変化はどのようなものであったか。つまり「見えない次元の切り捨て」は知の世界でどのように進行したのか。
3.ルネサンス的な万物照応的世界観と神秘主義思想との関連、それのロマン主義やドイツ・イデアリスムス哲学への流れはどのようなものであったか。

などと、はなはだ大きすぎるテーマであるが、つまるところ、最終的なねらいは、万物照応的世界観を現代に復興させるヒントを探ることであり、しかもそれをイデーの次元のみならず、「具体的な技術」として定立するという代替・相補医療やヒーリングの未来を視野に入れたもの――という感じである。またさらに、キリスト教的イデー(いわゆるキリスト衝動)、終末論のイデー(フィオーレのヨアキム)、人間神化(第二のアダム)という黙示録的ヴィジョンをも統合することを考えている。むろん、キリスト教とヘルメス主義との融合は、パラケルススからベーメ、ヘーゲルとすでに存在するものであるのだが。

すでに述べたように私は、テイヤール・ド・シャルダンやケン・ウィルバー、アーヴィン・ラズロなどの思想は、科学との安易な融合を試みているという点で批判的に見ている。ある「かたち」の生成を、物質次元に内在する原理でのみ説明することはできない。そこに超越的領域との関連を意識していくという「プラトン的感性」がそこに入っていかなければ、霊的思想として成立しない、と考えている。超越的領域と物質界の媒介をそこで考えていくべきであり、そこで、西洋のプネウマ論や、東方神学でのエネルゲイア論がヒントになるのである。

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