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エーテルとアストラルをめぐる思想史的整理

前に、「エーテル・アストラル的世界海について」という記事を書いたことがあるが、これを書いていたときは勉強不足でわかっていなかった。「エーテル体」と「エーテル界」とは対応しているものではない。まったく違う系統から来ている概念だということがわかった。

「エーテル界とアストラル界は別のものではなく、ほとんど一つに融合しており、その生命的な面がエーテル界、観念、想念的な面がアストラル界なのだ」と、高橋巌の説をそこでは紹介していたが、これは、西洋精神史で伝統的なとらえ方と、ほぼ同じであるということがわかった。基本的に、エーテルとアストラルとは互換可能な概念として言われているケースが多いのだ。それは、叡知界と月下界(つまり地上界)との中間領域として理解されていたことが多い。この当時は「星の影響」を考えることが普通であったので、この中間界は星の力が及んでいる世界であるととらえられていた。

一方、「エーテル体」は、現在では通常、アストラル体よりも肉体次元に近い微細身体であると理解されている。この「より肉体に近い微細身体」という概念は、プロクロスに出てくるのだが、そこでは「エーテル体」とは言われていない。なぜかというと「エーテル」とは天界に属する元素であり、地上界を作る四元素とは異なるのである。だから肉体に近いのであるならば、それは天上の元素であるエーテルではなくて、四元素からできているのだ。だからプロクロスにおいては、アストラル体=エーテル体と、四元素からなる微細体の二つが想定されていたのだった。だから「エーテル」とは、この地上領域を超えた純度の高いエネルギーをさしているわけで、現在「エーテル体」という概念で言われているような、気功で言う「衛気」つまり肉体のまわりにあるオーラ第一層などを包含することばではありえないのである。「エーテル」は気功で言う「気」とイコールではなく、むしろ「天の気」に近いものである。

これはまだ推測の域を出ないが、現在の意味での「エーテル体」とは、神智学者がインドのヴェーダーンタなどの微細身概念を翻訳するときに新しく作った言葉ではないかと思う。インドにいう「プラーナの鞘」という言葉を訳せばエーテル体となる。その神智学の概念が人智学にも受け継がれているのであろう。「エーテル体」というと伝統的なエーテル概念と関係するものか、と思ったら決してそうではないのである。どうもそこに混乱がある。しかし高橋巌氏は、なぜか先祖帰りして再びエーテル=アストラルという用語法に変わってしまった。しかも「エーテル界とはシャンバラである」とまで言い出すので、私にはかなり理解不能な用語法になってしまうのである。エーテルは叡知界と月下界を媒介するメディアであるとするのが伝統的な位置づけで、エーテルの世界を体験することが究極目的であるはずがない。ターゲットはあくまで叡知界である。叡知界を認識するのは神的知性であって、これはアストラル体とは異なるものである。

ともあれ、伝統的な西洋精神史で言われる「エーテル」とはほとんど天界やアストラル界と同じ意味で使用されており、「エーテル体」とはそれとは別系統で、神智学-人智学で発達し、そこを基点としてヒーリングの世界に広まった概念である(広まったについては、それなりに経験レベルでの実効性があったということだろう。それはこの概念そのものというより、そのもととなったインドの微細身理論が優れていたのである)

追記 7.7
もう少し言うと、「コーザル」と「アストラル」の区別を立てることがあるが、これはインド思想によるもので、西洋にはこうした区別がない。この区別は西洋では神智学者がインド思想の翻訳により持ち込んだもので、その時彼らはインドの「スクシュマ」に西洋伝来の「アストラル」を訳語に当て、「カラーナ」はその意味をとって「コーザル」と訳したのである(「メンタル」も「マナス」の翻訳である)。本山博師は「カラーナ・アストラル」という語を使っているので少しややこしい。またヒューストン・スミスやウィルバーは「コーザル・サトル」という用語法である。

ともあれリードビーターらの神智学までは西洋にはコーザルとアストラルの区別はなく、その両者を包括する概念として「アストラル」が用いられていたようである。いや、私が調べた印象では、現在神智学からの流れで一般に使われている「アストラル」よりも、西洋の伝統的な「アストラル」はもう少し上位にシフトしている印象を受ける。もちろん「アストラル下層」として地獄的な世界を表すという用語法も伝統的にはなかった。伝統的なアストラル界という概念は、現在の用語法で言うと「アストラル上層からコーザル」の帯域を指すものとしてあったように思える。そしてそれがほぼ「エーテル」と重複していた。そしてアストラル界とダイモーンの領域を区別する考え方もあったようだ。

しかしこの問題はまだ調査途上であり、誤りも含まれている思われる。コーザルと新プラトン主義で言うヌースとは同じ次元なのかとか、いろいろ問題がある。

追記  7.8

シュタイナーにおける「エーテル体」の概念はどうも神智学とはかなり違うようである。必ずしもアストラル体より肉体に近い微細身を指しているとは限らない。「アストラルとエーテルとは同じものの二つの側面」という意味で言っていることも多いようである。ただ、シュタイナーもけっこうその場によって違うことを言ったりするので、一定しているわけではない。

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