« 哲学史の再構想 | Main | 叡知の伝統としての哲学史 »

微細エネルギーの哲学

さて、いささか健康を害したこともあり、行き過ぎた研究モードを反省し、このところまたヒーリングモードにシフトしつつある。前から知っていた気功法を少し念を入れてやりはじめる。

気というものがあり、それが宇宙根源のエネルギーとつながっているという世界観は、気功をやる者には常識である。しかしこういう考え方は、西洋哲学ではマイナーである。そもそも、物質次元しかないと考えるのは問題外だが、物質次元と霊的次元の二つの項だけで世界構成を考えることもまた不十分なのである。そこにどうしても中間次元というものを想定しなければいけなくなる。つまり、完全に霊的なものではないが、かといって粗大な物質レベルでもない、微細な物質性という次元のものを考えなければいけない。これを質料多元論 hylic pluralism というそうである。キリスト教では、「プネウマ」を霊的な次元まで高めて考えているので、意外と、こういう「気」レベルのものがとらえにくくなる。西洋哲学では主に新プラトン主義と、その流れを受け継いでいるヘルメス主義思想にこういう多元論の考え方がある。そういう発想はいまの哲学者にはあまり相手にされていないので、質料多元論、あるいは存在-エネルギーの階層という考えを復権させるのは、現在重要な課題になっていると思う。先に書いた哲学史の再構想には、こういった部分もプラスしていかねばならないだろう。代替相補療法の位置づけにはなくてはならない視点である。

hylic pluralism については、ポルトマンというオランダの哲学者の書いた大著があるという。英語版Wikipediaにも出ており、けっこう有名なものらしいが、学術界では無視されている。たぶんこの本が、神智学系の出版社から出たせいであろうか。ポルトマンはオランダの大学で形而上学の講座の教授をつとめていたのだが。ポルトマンの本については、あのマイケル・マーフィーも言及している。

« 哲学史の再構想 | Main | 叡知の伝統としての哲学史 »

霊性思想」カテゴリの記事

September 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ