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哲学史の再構想

凡庸なる「哲学史入門」の本がたくさん生産されている。凡庸と言って悪ければ、常識に沿った内容だということだろう。つまり、近代ヨーロッパで成立した「哲学」のやり方を「よし」として、それについての基本知識を解説してあげようという本である。古代・中世と東洋(アラビアを含め)についてはほんのサワリ程度ですませ、デカルト以降がかなりくわしく現代までやって、最後にテーマごとに「考えてみよう」的な項目が並ぶ、というのが標準的な構成だ。だいたい高校の「倫理」の参考書と大差はない。ただ、高校の倫理では、ルネサンスについていまだに「宗教に支配された中世の迷妄を破り、人間的主体性の思想を確立した」のごとき古くさい観念が生き残っているので、そういう部分では新しい見方が取り入れられてはいる。

だが、こうした本をいくら読んでも、結局哲学というのは何を明らかにしようとするのか、よくわからないままである。つまり、人それぞれにバラバラなことを言っていて、哲学という伝統自体が何かを指し示しているという理解は生じてこないだろう。「私たちがいま体験しているのは本当のリアリティとはいえないんだ」ということをいくら説いたところで、素朴なる反応は「だからどうなんだ?」である。そこには何か、欲求不満というか、イライラしたものが残るのである。それをよく考えてみると、つまり、日常的な世界了解を脱構築したはいいが、そのかわりとなるべき「宇宙のグランドデザイン」が提供されないので、宙づりにされた感覚が残ってしまうのである。そうした、安定した枠組みのない、流動化された不安定性に投げ込まれるのが「現代人」としての洗礼なのだ、ということになるのだろうか。たぶん現代の知識人といわれる人びとは、みなそういう精神的プロセスを通ってきているのだろう。しかしそれを一般の人びと、学生などに求めるのはどうなのだろうか? そのような宙づりされた「世界観の不在」へ投げ込むということは、その人を幸福にはしない。むしろ世界に対する不安感を植え付けてしまう。そのようなことが「文化」の名に値するのであろうか。それはつまり、そういうことしかできない哲学ははたして学ぶに値するものであるのか、という根源的な疑問を提起するのではないだろうか。

たとえば最近はやりの永井均を読めば、インパクトはあるだろう。世界がそこに成立しているのは巨大な謎であるということがわかってくるだろう。そして、なぜそこに存在が成立しているのか、「私」が成立しているのか、その根源については「わからない」という状態に放置されるであろう。現代知識人としての洗礼を通過した哲学者たちは、それに対してニコニコして、「そう、あなたもやっとわかってきましたね」と言うかもしれない。つまり、そのように巨大な「わからなさ」の中に突き落とされるということは、哲学的知識人にとっては「いいこと」であり、望ましいことなのである。そういう根源的な不安感をぜひ知ってもらいたい、と本気で思っている人も多いのである。だから、(現代の)哲学を勉強したら、ものの本質についてわかってくると思ったら、かえって根本的な「わからなさ」に突き落とされ、不安になってしまったという人も多いわけである。これは客観的にみれば「不幸」になることである。しかし哲学者たちは、「いや、わかったつもりになって安心しているよりは、わからなさに気づいて不幸になる方が進歩なのだ」と考えている。これは本当に、マジでそう考えていると思う。それが現代哲学の実態にほかならない。哲学をやったことがない人は、そういう実態を知らないだろう。

だが待てよ、である。そこに何か根本的に欠落したものはないであろうか、と、そういう哲学のあり方そのものを根源的な疑いに付すことも可能であろう。

たとえば永井均は「私の比類なさ」について語るが、そこには何か閉塞感のようなものが厚く覆っている。「私」というものが還元不可能な存在としてあるということは、デカルトに始まると思っている人も多いだろう。だが一つ大事なことを忘れている。それはアウグスティヌスである。アウグスティヌスとはローマ時代の、キリスト教と新プラトン主義を融合した思想を述べた人である。アウグスティヌスもまた、「私」の内面性とは、何にも還元できない不可思議な存在であることに気づいていた。「私」の哲学はデカルトではなく、アウグスティヌスに始まるのである。だが、彼には、永井にはない決定的に重要な要素がある。それは、「その私は、神的な照明を受けている」という思想である。いや、思想以前にそれはたしかな「体験」であった。「私は私である」ことは、ある神的な力に支えられているという直観があった。そういう発想は、デカルトにもある程度残っていたが、永井には完全に欠落している。そこが、現代人の哲学というものの限界をはっきり示しているように、私には思われるのである。

存在の根底が「わからないもの」であることなど、とっくの昔に知られていることであった。古くは老子が、「宇宙の根源(タオ)とは言うことが不可能なものである」と書いているし、ディオニュシウスの否定神学、その流れをくむクザーヌスの哲学などをみればよい。東方キリスト教神学ではそれを「三位一体の神秘」として表現した。しかし逆説的であるが、その「わからなさ」は、神的なエネルギーの充溢にあずかることでもあった。そういう側面が、近代哲学には決定的に欠落してしまったのである。それを何とか取り戻そうとしたのがハイデッガーやアンリであった、と私は理解している(アンリの思想は、エックハルトの現象学化の試みであるとも言いうる)。永井晋も、成功しているかどうかは別として、そういう方向を向いてはいる。

哲学史は、このように考えればある程度統一して理解しうると思う。つまりそれは、存在ということに驚き、その神秘を観想することに始まり、その存在の根源に思いをいたしつつ、そのエネルギーにあずかり、またそうした存在の究極根拠を起点として「宇宙のグランドデザイン」を描き出そうという試みであった。少なくとも近代の「聖俗革命」(村上陽一郎の言う)まで、哲学とは東西を問わずそういうものであったと、ある程度統一的に理解できるのである。そして、なぜ近代のヨーロッパはそういう枠組みから外れてきたのか、ということを、科学革命・聖俗革命という思想史的な変化をあわせて理解していく、というのが、哲学史の把握のしかたとしてもっとも妥当であると考える。残念ながら、こういう見方で書かれた哲学史入門書など、卑見の及ぶ限り、一冊としてない。私からみればほとんどが、近代中心史観の虜になっているものばかりである。個々の哲学者の解説が並ぶだけで、ヨーロッパ文明に生じた思想史的変化の大きな流れがとらえられていないというのは、やはり凡庸という名を贈らなければならないだろう。つまり「近代とは何か」という問いがそこに欠けてはいけない。特に科学革命と哲学との連関性について述べなければならない。そして科学革命の前提として15~17世紀にはヘルメス主義的な世界観が優勢であったことをふまえて、なぜそこから機械論的な世界観が生じたのか、そしてそうした機械論への反応としてさまざまな哲学が生じたことだとか、シェリングやヘーゲルの哲学は、科学革命以前のヘルメス主義的世界観の復興の試みであった、などという把握も必須である。つまり、自然理解を含めて、その時代における「宇宙のグランドデザイン」はどういうものであったか、という背景から哲学をみることが大事である。哲学が文明の中心としてグランドデザインを提供しえた時代と、それが科学にその位置を奪われたような様相を呈し(実際、それは権利上、不当なものであったが)、哲学がマイナー学問に転落した時代との巨大な差異を無視して、両時代の哲学者を同列に並べて解説したところで、本質的なところはわかるはずがないのだ。多くの本は、そういう巨視的把握がなく、近代のマイナーな思想家をたくさんとりあげすぎている。私に言わせればデカルトだってマイナー思想家である。ただ、近代的世界観を生み出した要因の一つとして重視されるということだ。「我あり」の哲学だということからいえばアウグスティヌスの方が数段深いのである。

私が哲学史を構成するとすれば、西洋の部は次のような形になるだろう。

1.プラトン主義哲学の成立。およびアリストテレス。その背後には密儀宗教やオルペウ
ス、ピュタゴラスなどの神秘宗教の流れがある。プラトンは叡知界の直観を哲学の究極目標とした。

2.新プラトン主義哲学(プロティノス、プロクロス、イアンブリコスその他)。ヘレニズム世界で新プラトン主義がスタンダードとなったこと。アリストテレスも新プラトン主義的に理解されていた。また、「カルデア文書」やイアンブリコスなど、1につづく密儀宗教の流れを取り込むいわば「西洋的ヨーガ」が「テウルギー」として成立。新プラトン主義は霊的な宇宙根源からの「段階的流出」として宇宙を理解した。

3.キリスト教と新プラトン主義の統合が図られる。教父思想の成立。クレメンス、オリゲネス、ニュッサのグレゴリウス、擬ディオニュシウス・アレオパギタ、マクシモス、パラマス。そこからさらにロシア的霊性の伝統へ流れ込む。教父思想では「霊的感覚」が重視され、神秘神学の色彩が強かった。

4.地中海世界の新プラトン主義は、イスラム化されたアラビア語圏へ流れ込み、アラビア哲学の隆盛を生む。アルキンディー、アルファラービー、アヴィセンナ、アルガザーリーなど。さらに、スーフィズム(イスラム神秘主義)の影響下に、神秘哲学の高峰を生む。スフラワルディー、イブンアラビー、モッラーサドラーなど。また、イスラム支配下にあったユダヤ教徒の間にカバラが成立。カバラもまた新プラトン主義の影響が濃い。

5.ヨーロッパのラテン世界は後進地域であったが、3の伝統の流れとして、アウグスティヌスが出て、さらにエリウゲナ、シャルトル学派などの中世思想が成立。基本的に、新プラトン主義とキリスト教の融合した思想である。

6.12~13世紀、アリストテレスがラテン訳されたのを受け、キリスト教とアリストテレスの統合が図られる。トマス・アクィナスに代表される。また大学が形成され、それまでの神学と哲学の融合状態から、知的探究として切り離された「哲学」の伝統が発生する。ヨーロッパの哲学がその後、ややもすると霊的探究と切り離された哲学となる傾向を有するようになったのは、この時代における大学の成立が起源である(ただし、この時代では哲学者はまだ聖職者であり、近代のような分離はない)。しかし、ボナヴェントゥラやエックハルトなど、神秘哲学的なものも生まれた(ここでいう神秘哲学とは、霊的探究と分離していない哲学という意味である)。ここでは新プラトン主義の影響もなお残存している。

7.15世紀より、フィチーノによってプラトンがラテン訳される。同時にヘルメス文書や新プラトン主義文献が訳される。つまりラテン的ヨーロッパはこの時期にはじめて2,3の思想と本格的に接触した。そして2の伝統をくむテウルギーが流入し、カバラも入り、「マギア」(魔術)として流行。これにより、「ヘルメス主義的世界観」と呼ばれるものが成立した。フィチーノ、ピコ・デラ・ミランドーラ、ブルーノ、パラケルススなど。ヘルメス主義は15~17世紀までヨーロッパ思想の主流となる。科学革命は、このヘルメス主義思想が母体になっていることは今日の定説である。この当時、ヘルメス主義やコペルニクス的世界観などは、キリスト教と矛盾するものとは基本的には考えられていなかった。一方、クザーヌスは、ディオニュシウスの影響を受けて「無限性の神秘神学」を書き表した。

8.18世紀、ヘルメス主義世界観が退潮しはじめ、機械論的世界観の勢力が強くなる。啓蒙思想に至って、「神の棚上げ」が進行し、聖俗革命が起きる。「神を無視してグランドデザインをつくる」ことがめざされるようになる。デカルトの物心二元論はこの過程で影響力を持った。つまり、自然理解について哲学の権能を否定し、それを科学に譲り渡すという意味をデカルト思想は持っていたのである。また、スピノザやライプニッツの世界観は、7と8の複雑な相互作用があったこの時代の精神状況を反映している。これらの思想は、宇宙のグランドデザインとしての意義をもつが、同時に、新プラトン主義やヘルメス主義にあった神的直観の経験という要素は脱落していた。つまり純粋な知的構築物としての哲学だったのである。

9.19世紀、機械論的思想に立つ科学が大学などにおいて優勢となる。ここでカントの哲学は、人間の認識力の限界を指摘し、科学の専横に一定の歯止めをかける意味があったと同時に、神的事象、ないしは「ものの存在の深み」への直観が成立する可能性を否定する方向が出てきた。そこでカント哲学は懐疑主義の出発ともなった。一方、ロマン主義は、それまでのヘルメス主義世界観の逆襲という意味を持っている。ベーメはそこから出た神秘思想家であり、大きな影響を与えた。シェリングやヘーゲルの哲学はその影響下にある。それらは「宇宙のグランドデザイン」としての哲学を復興する試みであった。特にヘーゲルは、エリウゲナにも似た、宇宙の始源から終極までの体系であって、ある意味で壮大な時代錯誤思想であった。しかしながらここでも、哲学は純粋な知的構築物となり、霊的直観の地平はすべて「思考」に還元されてしまったという点が指摘できる。つまり哲学は、事象の本質にふさわしい表現形式を見出せず、当時の常識的な言説秩序を受容してしまったのではなかろうか。また、ニーチェのニヒリズムは、「宇宙のグランドデザイン」が崩壊した状況は、実存としてはどのような意味を持つのかという問いかけとして理解しよう。これは20世紀の実存哲学へ続いている。ショーペンハウアーも実存哲学の一種だと思う。また、ヘーゲルの転倒と称してマルクス主義の思想が登場した。おそらく、20世紀の90年代になるまで最も影響力のあった哲学は、マルクス主義であろう。これは、唯物論的な形で「宇宙のグランドデザイン」を提供した。その意味で、他の哲学にはない強みがあった。人を動かす思想はそういう要素を持たねばならないのである。一方、ユングなどの深層心理学は、ヘルメス主義を疑似科学として復活させようとしたものである。これは20世紀の人間性心理学などへつながることになった。

10.20世紀の哲学で注目するべきはフッサールの現象学である。それは、デカルト-カントの路線によって、いっさいのリアリティの確実性が取り払われ、明証的なものは「私」以外にないという地点から、新たに出発し直そうという思想である。つまり、哲学から「宇宙のグランドデザイン」という役割が奪われたとき、哲学のよるべきところは「絶対確実なものは私が存在することだけである」というテーゼしかなかったという状況であった。しかし面白いことに、結局現象学はそこから再び「存在の究極根拠は何か」という哲学最初の問いに回帰することになったのである。ハイデッガーはこのような、現象学から存在論への回帰を明確に示すものであった。ミシェル・アンリは、エックハルトの神秘神学と現象学との融合を試みている。また存在根拠の絶対的な不可知性を強調する思想としてレヴィナスが注目されている。しかし、全般に、そこでは宇宙のグランドデザインという考え方は復権できていない。現象学以外においては、哲学は固有の知的領域を失い、文化全体に対する影響力は著しく低下、マイナー学問となってしまった。これが現在の地点である(なお、構造主義とポスト構造主義はマイナー思想なので省略する。ウィトゲンシュタインの思想は基本的に否定神学だと思われる)。一方、フッサールに始まって科学哲学が発展し、科学の認識論的限界が確認されたことは一つの成果である。マルクス主義は、90年代のソ連崩壊に伴って、急速に崩壊した。

11.正統的な哲学の領域において「宇宙のグランドデザイン」は語れなくなっているが、思想運動としては20世紀後半にそういうものも出てきた。その一つは、「霊的感覚」による経験という要素をカバーしようという思想が、哲学ではなく心理学において試みられ、人間性心理学、トランスパーソナル心理学が成立した。特に後者は「宇宙のグランドデザイン」を復興しようという意図が明確にみられる点は評価できるが、いまだ完成途上にある。なおトランスパーソナル心理学は、60年代の対抗文化において「霊的感覚」が再発見されたことの影響を強く受けている。またもう一つは、ヘルメス主義的な流れである。これは19世紀以降ずっと非アカデミズム領域において持続しており、神智学、人智学などの運動を生み出した。この二つの流れがいわゆる「精神世界」の思想運動を形作った。「精神世界」は、15世紀ルネサンスにおいて、一気に神秘主義的な思想や技術などが流行した状況と、ある意味で類似しているものがある。それに対してアカデミズムも少しずつ開かれてきている状況がある。今のところ心理学が主導しており、哲学からの参入はあまりない。

すなわち、15~17世紀はヘルメス主義優勢、18~19世紀は機械論の優勢に対しヘルメス主義が対抗文化となっていた時代であった。上でみたように、西洋では、プラトン以来「霊的感覚」による存在の神秘への開けを視野に入れ、そうした存在根源への思索から宇宙の全体的デザインを構想する思想は一貫した流れとしてあり、キリスト教・新プラトン主義・アリストテレスの間を揺れ動きながら、霊的直観とグランドデザインを求めていくのが、伝統的なヨーロッパ思想であった。それが最終的に劣勢となったのが18世紀の機械論であった。20~21世紀初頭は、東洋思想の影響も加わり、グローバルな「宇宙のグランドデザイン」が模索されている状況といえる。ただしアカデミックな哲学は、残念ながらそれに参加しようとしていない。また、「マギア」の思想は「エネルギー医療」としてとりあげられ、代替相補医療として発展している。これらの社会的認知は少しずつ進行しているが、これらをすべてカバーする「宇宙のグランドデザイン」的な思想は、ウィルバーによるきわめて不完全な試みはあるが、いまだ決定的なものは出現していない。より完全な世界観の構築が待望されている。

なお、いわゆる「現代思想」は、現象学以外はいらないと言っていい。ただフーコーなど「知の政治性」を指摘したものには学ぶべき点もあろう。構造主義は結局のところカントの延長線上の思想である。いわゆるポスト構造主義者たちは、宇宙のグランドデザインという発想を壊すべきであると主張していたが、もともとそういうものは近代以降崩壊しているのであり、そういうニヒリズム状況を突きつめるという意味しか持っていなかった。ドゥルーズの自殺は、こうした思想の破産を象徴している。彼らは、まったく反対方向へ努力していたのである。

現在よく書かれている哲学史は、ほとんどが、デカルトとカントによってなされた巨大な変化を、肯定する立場から書かれている。そこでは、宇宙のグランドデザインを提供するというより、疑いを徹底することによって「真に明証的なもの」を把握しようという発想が強くなっている。「認識の確実性」が近代哲学のオブセッション(強迫観念)であった。その結果、真に確実なものとしては「私」しか残らなくなる。哲学はそういう独我論的な危険のある場所へ追いこまれてしまった。その「なれの果て」の閉塞を象徴するのが永井均の哲学である。しかし、そこには、「私の根底にはある神的照明が存在する」というアウグスティヌス的直観は、もはや思いも及ばなくなっている。そのように「霊的感覚」を組織的に否定してきたのが近代の学問体系の特徴であった。なぜなら科学は方法論的にそういう立場に立つが、多くの人文系学問もまた科学のまねをするべきであるという価値観にとらえられていたからである。そこには、科学的であることが「客観性」であり、それが「認識の確実性」を保証するという、虚妄なる信念がみられた。グランドデザインとは、絶対的に確実であるという明証性を根拠とするのではなく、基本的に、「美しさ」(整合性、論理性、包括性を含めて)を基準とする、芸術的行為である。哲学をそういうものとして再構想(re-vision)していくべきではなかろうか。

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