« アウグスティヌス『告白』より | Main | ちょっと日記モード »

雑感

いやぁ、宮本久雄先生の『愛の言語の誕生』、味読しましたね。
これはニュッサのグレゴリウス『雅歌講話』を読み解き、ギリシア教父の精神性とはどういうものかを教えてくれる書である。つまりは「神的な美を感じ、さらにその奥へと歩み続ける」のです。

雅歌の注釈といえば、十字架の聖ヨハネも有名である。『愛の生ける炎』や『霊の賛歌』。

最近、読書傾向がすこぶるこっちの方向になってきました(^_^;

次はいよいよニュッサのグレゴリウスご本尊にトライです。

音楽ではなぜか、シューマンのチェロ協奏曲(特に第二楽章)や、交響曲第二番(特に第三楽章)などにはまり・・これって決して明るくないのです。愛と光の世界というわけではない。でも暗いところもあるんだけど、それだけともいえず、苦悩なんだけれども、それでいて生の喜びも含まれているという・・書いていて自分でもなんだかわからないが、でもそういうものだから仕方ないのだ。なんだか、自分の中のモヤモヤしているものに共鳴するが、それがまた浄化でもあり・・というような気分。これを聞いている限り、すくなくとも「精神の若さ」は保てますね。まったく「青春」的なモヤモヤなのです。つまり自分は何になろうとするのかということを必死に考える人だという意味。それは「仕事」ということではない。

つまりは「生きようとする魂の意志」をシューマンには感じるということ。

何事も「お手軽」にすまそうというのは霊的ではない。「じっくり味わう」ということがすべての感情において必要なことのように感じる。

« アウグスティヌス『告白』より | Main | ちょっと日記モード »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

April 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ