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枕頭の書――いわゆる「霊的感覚」について

ニュッサのグレゴリウス『雅歌講話』はすごいいいエネルギー! 最近は枕のそばに置いて寝てます(笑) 本は波動グッズだったのか? いや、少しずつ読んでます。

「モーゼの生涯」もいいのだが、こちらは『キリスト教神秘主義著作集』に入っていて、擬ディオニュシウス・アレオパギタと一緒になっている。やっぱり、他の著者と一緒になるとエネルギーがピュアでなくなるというか、どうしてもブレンドされてしまうので、それだけ単行本になっているのは全然エネルギーが違ってくるみたいである。同じことは、マクシモスの『フィロカリア3』にも言えることである。こういう売れそうもない本を出す出版社は偉い。

ことし、近代以前の哲学、特に教父の思想を少し研究して、そこにはインド哲学などとも共通した、「人間には霊的次元を認識する(潜在的)能力がある」という前提が存在していることを確認した。このあいだ、「凡庸なる哲学史」を批判したのも、その前提を見失ったことが近代における哲学の衰退を生んだという判断があって、そういう「霊的認識能力」の存在を認めるか、認めないか? という「問題意識がない」ということ自体が問題だということであった。そういう問題があるということに気づかない、無視する、というのはつまり、「ない」ということを自明の前提としているわけで、その瞬間にもう「近代」という知的世界に取り込まれてしまい、その「外部」は見えなくなるのだ。従ってこういう問題意識が「ない」ものをすべて凡庸と呼ばせてもらったのである。

雅歌講話といえばオリゲネスのもある。こちらも買ってはあるが・・ 
なんといっても、現代の「精神世界」に最も近い哲学は、オリゲネスである。彼は、「世界は霊的進化のための学校である」と見なし、人間の魂は転生を通じて神に近づいていく、としたのだから、これって「そのまま」現代に通ずる。今こそ蘇るオリゲネス!! 

決して、「マニアックな話」ではないつもり。

そうそう、こういう「霊的感覚」の世界を、幻想だのなんだのという「批判」について、友人がミクシーでこんなことを書いていた。

やれ、前世のせいにするのは逃避であるとか、宗教はファシズムだとか、依存性を助長させるとか、オーラなんて幻覚だととか、この手の批判は、たとえれば、将棋の羽生名人に「いい大人が、木っ端遊びで時間をつぶすな」といっているようなものでしかない。

将棋の世界には、あの、吹けば飛ぶような木っ端と、升目の中に、思考の宇宙が広がっているのである。その宇宙の存在を否定しても、それは批判になっていない。

うまいこと言うな~ と感心しきり。(ただし、将棋の名人は現在、森内であって羽生ではありません)

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