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ニコラウス・クザーヌス『神を観ることについて』に関するメディテーション

ずいぶん前に予告したまま忘れていたが、とある機会に書いた文章をここに転載する。


ニコラウス・クザーヌス『神を観ることについて』に関するメディテーション


 彼は一冊の書物をとりあげて、ゆっくりした低い声を出してその一節を読み始めた。

「私が読むために本を開くとき、まず頁全体を、文字を区別することなく見ます。引き続いて私が、個々の文字と語と文章とを識別しようと欲するならば、私は個々のものに順次個別的に目を向けてゆかねばなりません。私は、一つの文字から次の文字を読み、一つの文章から次の文章を読み、さらに一つの節から次の節を順次読むことによってのみ、読み進むことができるのです」

 この小屋は静寂な森の中にあり、ときおり小鳥の声が聞こえている。その中を彼のなめらかな声が流れていった。

「しかし、主よ、あなたは同時に頁全体を見渡し、時の長さなしに読むのです。また、われわれのうちの二人が同じ頁を読む場合に、或る者は速く、他の者は遅く読むということがあるのですが、しかしあなたは、この両者のいずれとも一緒に読んでくださるのです。それゆえに、あなたは時の経過のなかで読むのであるようにも見えます――なぜならば、あなたはこの二人の読んでいる者のそれぞれと一緒に読んでくださるのですから」

 彼は、読むということについての本を読み、私はそれを聞いているのであった。

「しかし、あなたは時を超えて万物を、同時に観るのであり読むのです――なぜならば、あなたが観ることはあなたが読むことなのですから。実はあなたは、あらゆる書かれた本とこれから書かれうる本とを、時の長さなしに同時に永遠からすでに観てしまっておられるのであり、同時に読んでしまっておられるのですが」

 彼は、ここでふと読むのを止め、私のほうをちらと見た。すると、私の内なる映像の中に、ある像が浮かんできた。それはイコンであり、私はそれをどこかで見たことがあったように思った。その中からは、海の深淵を思わす青色の瞳が輝いていた。


「・・このことと並んでさらに、あなたは全ての読んでいる者と一緒にこれらの書物を順次読んで下さるのです。また、あなたは、或るものは永遠において読み、他のものは時間のなかで読んでいる者と一緒に読むというわけではなくて、このことはあなたにおいては同じものを同じ仕方で遂行していることなのです。なぜならば、あなたは不動の永遠であるのですから、あなたが動くことは不可能なのです。ところが永遠は時間を見捨てることがありませんから、時間と共に動かされるように見えるのです――実際には運動は、永遠においては静止であるのですが」

 私はこの「像」の深い眼にますますとらえられていた。そして、この「眼」と向き合い、その超越的な力を感じることこそ、いまその一節が読まれた「本」の本質に属している、という思考がよぎったのである。

 彼は本を傍らの机の上に置いて、沈黙していた。彼は、修道士のような印象も受けるが、まだ見たことがないような白い衣を着ていた。依然として私の精神内にはかのイコン像があり、そして同時に肉の眼では彼の姿が見えていた。

 私は彼に話しかけた。
 「いま、あなたが読んでくださいましたことばには、何かひじょうに強い力を感じます」
 「それは幸いです」と彼は静かな声で返答した。
 「私は、『観られている』ということ、それもまったく完璧に、くまなく、徹底的に見られているということを理解します。そしてそれが同時に『読まれていること』でもあるのですね」
 「そうですね」
 「そういたしますと、すべてはすでに読まれており、また書かれていることになるでしょうか。つまり、主はすべてを書き、そしてそれを読んでおられるのでしょうか」
 「そのとおりです」

 私はまた、イコン像の眼の中へ沈潜していきそうになった。
 すると彼が口を開いた。
 「本というのは世界のことでもあるのです。世界は神によって書かれた書物なのです。したがって世界を注意深く見ることによって、神のことばを聞くこともできるのです。このことはかの聖ボナヴェントゥラ師など、数多くの人びとによって説かれましたね」
 「はい」
 「神はすべてを同時に読みます。しかし人は時間という制約のなかで、一行ずつ読んでいくしかありません。決して、或る一冊のみで、すべてが解かれ、表されることはありません。人の知性は神の知性と比べて縮減したものであるからです。世界という本は決して読み尽くすことができないのです。世界に存在する者はすべて神聖文字です。しかし文字とは神の痕跡です。私たちは、その文字を書いた者自身に心を向けなければなりません。いうまでもなく、あなたも、また神の書いた本の一部でもあります。あなたはすでに書かれているものであり、すでに読まれております。しかしながら、あなたもすでにお感じのように、読まれていることは観られていることであり、完全に観られていることを自覚することは、あなたの魂に何か喜びをもたらすものでしょう」
 「そのとおりです。私はいま、『観られていること』を知ります。そのとき、何か私の理解を超えたものが、力強く流れいり、『溢れ』となるように感じます」
 彼はうなずいた。そして、「あなたが『溢れ』を感じるようになったのは幸いです」と言った。そして、静かな声で続けた。
 「神の計画は、永遠のなかですでに完成しています。神の書物はすでに天界において書かれております。地上のいかなる聖なる書物といえども、その天の書の不完全な写本にすぎません。しかしそれは、あなたがたの『読みうる力』に合わせて与えられた神の配慮でもあるのです。あなたがその『読みうる力』を増すとき、もう少し次元の高い書物が、地上において現れるでしょう」
 「神の計画とは何でしょうか」
 「おや、すでに『溢れ』を経験したあなたには、その永遠でもあり、また未来世でもある完成した世界が、見えていないはずはないでしょう。いうまでもなく、その時には、隠れていたものはすべて明らかになるのです。あなたにその栄光が見えていないはずはないでしょう」

 このとき私の内なるイコン像は、さらに輝きを増したようにも見えた。そのとき私の精神内では、「私の眼に対して真実はまだ隠されている」という或る痛切な思いと、或る見えざる栄光の世界を一種の力として感じることとが、同時に起こったのである。
 私の肉の眼はくらみつつあったが、そこに彼の静かな声が流れてきた。

 「あなたが世界と思っているものは世界の一部でしかなく、宇宙の無限の中では一粒の砂よりも小さいものでしょう。あなた方の持っている本には、いまだに本当の真実が書かれたことはなく、その神の書の写本の写本、ごく微かな影のようなものしか地上にはありません。それでも、地上の人が神へと帰還するその道筋は、その中にすでに存在しています。その入口を見つけるならば、あなたは、地上の本ではなく、あなたの内なる眼によって、神聖文字で書かれたものを、読むことになるでしょう。そのこともまた、ある永遠の一日において、すでに書かれているのです。あなたにはその文字が読めるでしょうか。読むということは、それを地上に降ろすことなのですね」

 私がそのことばについて考えていると、さらに彼は続けた。

 「およそ地上的なものは、神の意志の中に存在するイデアに由来しないものはありません。地球は完璧な秩序をもち、それは地球霊によって統轄されていますが、この地球霊は天使的位階のものであり、神から発出したイデアのイデアなのです。人は、その魂を浄化するため、地球に置かれていますが、永遠から地球に属するものではありません。魂はすべて天に由来するのです。神の計画において地球は神との交わりへと向かっていますが、その地球の物質界的な使命が終わるとき、人の魂はまた別の領域へと旅立つことになるでしょう。あるいは魂によっては、地球の神化の時の前に、別の世界へと移しかえられることもないとは言えませんが、こうした神の深慮については、軽々しい言は慎むべきでありましょう。もう一度最初に戻りましょう。あなたは神によって『読まれている』のであり、『観られている』のでした。その『観られていること』を知ることは、神の発出であるエネルゲイアに与ることであり、神の栄光への予感を与えられることでもあります。あなたは、その身体にまつわりついた重いものを浄化することなしに、この浄福へと到達することはできません。あなたがその『光』を知るようになると、あなたには、かつて知ることのなかった『観ること』が備わってくるでしょう。あなたはいま、『観られて』はいるが、ごく一部しか『観る』ことはできない。しかしあなたが光の中へ歩みいるとき、あなたの『観ること』は少しずつ完全へと近づくのです。その時あなたは本当の意味で『読むこと』もできるようになるのです。あなたが、完全に、永遠から『すべてを読む者』であり、『すべてを観る者』となるときも、永遠の世界では約束されているのですが、あなたにはそれは、果てしない未来とも思えることでしょう」
 彼は、ちょっとことばを切った。そしてまた、机の上の本をとりあげ、ある頁を開いて、ゆっくりと読み始めた。

 「私はこれが達成されることを予感しています、私は王冠を請い求めているのですから。主よ、私を引き寄せたまえ、――あなたによって引き寄せられない限りは、誰もあなたに到達できないのですから。引き寄せて下さるならば、引き寄せられた者はこの世界から引き離されて、栄光に満ちた生命の永遠性のうちで、神よ、あなたに絶対的に結合されることになるのです。アーメン」

 イコン像の海のような眼が光っていた。
 森の静寂のなかを、風が木の葉を揺らす音が響いた。私の肉の眼は白い衣をまとった彼を観る。その眼を観る。
 彼と私は、そのまま、沈黙のうちに座っていた。森の微かなざわめきが続いていた。
 


 

*引用は、クザーヌス(八巻和彦訳)『神を観ることについて 他二篇』、岩波文庫、49-50頁、154頁。

*もしひまがあったら、上の本を入手して、その最初のところを読んでいただきたい。この文章の「仕掛け」がよく見えてくるものと思う。

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