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また、アトランティスをめぐる哲学的?な追想

アトランティスは別の時空・・とか書いたが、実はもう少し複雑な気がする。
おそろしく複雑だという直観はある。しかしそれをもう一つ言語化できないような感じがする。以下の話は、「わからない」という人のケアをするところまで余裕がないので、わかる人のみトライしていただきたい。言うまでもないが、以下はすべて「そう考えることもできる」という思考実験である。これが真理だと主張しているものではない。ま、SFのようなつもりで読めばよい。

つまりそれはこういうことだ。いま私たちが経験している時空とは別の時空構成の世界があって、それはいわばパラレルな地球である、ということだった。つまり地球とは多次元なのであり、私たちには見えない次元にも地球は展開されている。

そうすると私たちの時空Aとはべつに時空Bがあって、アトランティスとはその時空Bの過去にあったもので、時空Aの過去には位置していない・・もしかするとこのように、先の議論を理解したかもしれない。が、これはまったく不正確なのである。

そのように考えるということは、いつのまにか、過去とは客観的存在であるという前提に立ってしまっている議論である。より厳密に表現するならば、アトランティスがあったとして、それは時空Aの過去でも、時空Bの過去でもないのである。そもそも、過去は客観的には存在していないのである。私たちはどうしても、過去が実在していたという常識から離れられないところがある。

本当にあるのはいまここに成立しているという「現在」しかないのである。過去もまた「現在」による時空構成においてのみ、実在しているように見えるのである。本当に存在しているのはここの時空構成のみで、あとはすべて「虚」であるということが骨身にしみてわかっていないと、ここで間違ってしまう。

以下のように考えるのは間違いである――かつて、アトランティスが存在していた時空Aは、アトランティス滅亡後も存続し、その時空Aでは依然としてアトランティスを直接の過去とする歴史を有しているが、私たちはその時空A から離れ、アトランティスが存在していなかった時空Bに移行した。――私のこのあいだの説明をそう理解したとしたら、それは誤解である。私はそのようなことを言おうとしていない。

上のような意味での時空Aなど、実は存在しないのではないか。つまりアトランティスとは、永遠の中ではなおも実在すると言えなくもないが、魂の歴史という観点から見れば、人類にとっては「記憶」として、つまりかつての魂経験の残像としてあるものなのだ。私は、アトランティスの滅亡とは、その時空が地球意識場においてアクティブな現象世界からは閉じられたということかもしれない、と思っている。アトランティスという物質がなくなったのではない。アトランティス文明という時空構成が終息したのである。もちろんこれは、レムリアについても同じことかもしれないが・・

つまり現在の時空の場は、アトランティス滅亡以降に開かれたものではなかろうか。つまり、現在私たちが地球と思念している時空構成はそこに始まっているのである。この時空は、アトランティス以前には実在してはいなかったのである。私たちの時空には、アトランティスもそれ以前も存在しないのは当然なのだ。あらかじめこの時空があって、アトランティスのあった時空から移住してきたわけではないのである。

つまりある文化期が終わるということは、地球の時空がいったんそこでリセットされるということではないだろうか。もちろんこれは、地球の時空が同時に多数並存しうることを否定することではない。

このことは常識にとらわれている人には理解できない。早く言えば、私たちが学校で教えられてきた「地球の始まり」は、本当の始まりではない。あれはただ科学者が夢想している物語である。本当は、地球は何度もその時空構成をリセットしてきている。私たちがいるのは、その何度目かに創世された時空である。このような発想はアメリカ原住民の神話にもあったはずだが・・(たしかナバホだったか)。私は、シュタイナーが言っている文化期とは実はそういう意味ではなかろうかと推測している。地球の歴史というものを、直線的な時間軸を超えて理解しなければならない。過去とは時空の一部としてその時創生するのである。つまり、私たちが理解している、この時空の中の過去とは、本当は客観的に実在するものではなく、私たちの魂にインプットされている「記憶」によって、実在するかのように見えているものである。もし高次元の意志によってある時空構成が創造されるという場面を想定したならば、その場合、その時空構成において生きるべき魂に対して、その時空構成を生きるにふさわしく「記憶」が調整されるということも、ありうることとして考え得るだろう。もちろんその深層の記憶においては、その魂が経験したすべての事象が消滅せずにあるはずだろうが、表層まで活性化する記憶としては、調整も不可能なことではないだろう。時空の創造とはそこまでを含んでいるとしたら? そのようにして、魂が経験した多くのことがらは、表面からは「消された」。その結果、私たちはアトランティスを思い出すことがない。もしその記憶が蘇ることが大規模に起きるとすれば、それは、この現在の時空構成のルールに変動が起こっているということだ。つまり時空構成自体が変動してきているのだ。

念を押すが、過去というものはないのである。あるのは、記憶の構成だけなのである(小林秀雄先生もそう書いていたのですよ)。つねに、現在以外は何もないのである。

アトランティスは、客観的な過去としてあるかどうかではなく、記憶の問題なのである。その記憶が現在の時空構成からは消されている、そのように私たちは「歴史」を理解しているという、記憶の調整があるのではないか。それは、私たちは、アトランティス後に創造された時空にいるから、そうなっているのだ。

現在が変化すると共に、過去もまた変動する。過去とはつねに「私たちの理解する過去」である。それ以外の客観的過去というものはない。だから、アトランティスは、「私がいまいる世界は、アトランティスを過去の中に位置づけることを否定するという構成を持っている」から、アトランティスは過去にはないのだ。アトランティスが歴史の中に存在するという時空構成に変化すれば、アトランティスは過去に存在したのである。歴史とはそういうものであり、時間とはそういうものである。

この時空構成は永遠の昔からあるものではない。実はかなり最近にできたのかもしれない。いうまでもなく、私は魂次元では、「この時空構成の地球」ができる前も生きていた。それが滅亡した後も生きるであろう。その時私は別の時空に生きる。それを象徴的に「他の星へ行く」と表現するのである。

アトランティスなんてぶっ飛びテーマにも思えるが、実はこの議論は、哲学の最も基本的な問題を扱っているということが、わかる人にはわかるはず・・だが・・(^^;

以上、とても難しい問題だった。もちろんこれは、問題の1%も解決していないだろうとは理解している。その本質は人知を超えるもので、肉体を持っていてはその知に達することは困難なのかもしれない。ただそこに、計り知れぬ神秘があることだけは感じることができるだろう。

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