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トランスパーソナルと普遍神学の違いについて

前から読んでいる人にはわかっていることだと思うが、もう一度明快な形で書いておこう。

私の立場は「トランスパーソナル」ではない。トランスパーソナルとは、この場合、「東洋の霊性と西洋の心理学との融合によって新たなパラダイムを創出しようとするもの」と定義される。なお、東洋の霊性だけではなく西洋の伝統的霊性も含むこともある。

私の場合、心理学のみならず近代の諸科学と、伝統的霊性との折り合いをつけようという志向を持ってはいない。そのような試みの価値を否定するわけではないが、私自身としては関心がないのである。

これまでの霊性思想、つまり、神秘体験と結合した「神秘神学」の伝統に学びつつ、それを拡大された視野から、現在という立場から表現するということが、「普遍神学」と名づけられたことである。それを「霊性学」と呼ぶこともできよう。

トランスパーソナルというのは、その成立からしてどうしても、心理療法やケン・ウィルバー思想などを中心に回っているが、私自身はそうしたものにそれほど興味があるわけではない。心理療法の中にいかにして霊性を取り入れていくか、というのは心理学者が考えることであって、私が考えることではない。トランスパーソナルの学界では、なんとかして心理学の一派として認められたいという志向が強いようであるが、私はそういうことにもあまり興味がない。

トランスパーソナルは、心理学・精神医学に霊性という視点を持ち込んだという点では大きな貢献をしているが、霊性についてのこれまでの学問を全部受け止めきっているようには見えない。トランスパーソナルはあくまで霊性について独自の観点から研究している一グループであり、霊性に関する学的探究を現在において代表するものとまではいえない。

なお、このブログ内を「普遍神学」で検索すると、トランスパーソナルが言い表すことがないが、普遍神学でははっきりと言われていることが何であるかを、具体的に述べている記事がある。たとえば、魂の先在性、転生、中間次元の意識存在者の問題などがそれである。これらは神学という立場でのみ述べうることがらである。

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