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「自分の意見」なんてね

(「哲学の試験」につづく)なんか、最近では、「自分の意見を言いなさい」という教育が多いようなんだが、これも行きすぎるとちょっと弊害がありそうな気もする。

伝統的な文化では、自分の意見なんか最初は一切いわせない。とにかく徹底的に「型」を身につける。その過程では自分を殺して、ひらすらその「型」に入っていかねばならないのだ。

霊的な文化においても、早い段階から「自分の意見を言え」などというのは何の益もない。むしろ有害である。
かなりの段階に達するまでは、徹底的に聞くこと、聞き取ること、そして、その中へ自分を委ね切ることの方がはるかに大事である。

なんだか最近、「偉大なものに畏敬の念を抱き、自分を捨ててそれに近づこうとする」という魂のあり方が、あまり尊重されていない。それは、早い段階から「自分の意見を言え」とやりたがる教育にもその一因があるのではないか、と思うわけだ。

ちなみに試験では、「これから自分の意見を言います」など書くのは、ぜんぜん勉強をしてなくて問題がまったくわからず、とりあえず何か「自分の意見」を書けば少し点をくれるかも、というものでしかない。こういう「意見」など、ほとんど思いつきのタワゴト以上のものに出会ったためしはない。いうまでもなくこういうのは即、不可である。偉大なるものに沈潜する経験のない精神が抱くことができる「自分の意見」など、石ころのようなものである。ひとたびは、自分を捨てて偉大なるものに飛びこむところからしか、何も始まりはしない。ひとまずは、先人が到達した高みまで必死によじ登ることが必要なのだ。

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