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2008.02.29

トマス思想をめぐる放言

前に書いた、坂部恵『ヨーロッパ精神史入門』はすごいいい本だったんだけど、その「intellectus」についての話の流れで、トマス・アクィナスの認識論についての本を読んでみた。

宝満和美『トマス・アクィナスの知の哲学――認識と存在について』(文芸社)

いや、これはよかったですね。文芸社というから自費出版ですよ。しかも就職していないし、もう執念ですね・・いや、そんなことはともかく、これでやっとトマスというものが少しだけわかってきた。なんでこんな超マイナーな本を知っていたかというと、リーゼンフーバー先生の『中世思想史』の参考文献にあがっていたからだ。巻末にはなんと、ラテン語による要約つき! 最後のページのラテン語は、何かおもしろいことを書いているらしいが、残念ながら読めません。

ものはなぜそこにあるのか? 太陽が太陽としてあり、馬が馬としてそこに存在し、それを私が認識しているというのはとんでもない神秘ではないのか? という問いに答えようというものである。

その点で、どうしても近代にはだめになってしまったところがあって、それはオッカムに始まってデカルト・カントへとつづいていき、たぶんそれは現代の「共同主観性パラダイム」へとなだれこんでいるはずなのだが、そういう認識図式とは違う可能性がトマスにはあったということ。

私がおぼろげに感じていたことがらがきわめて厳密に論じられている。

つまり、「人間は神の知性を分有している」ということがはっきりといわれている。

たとえば、馬というものは、人間が勝手に馬というカテゴリーを創造したわけではない(俗流ソシュール主義はそのように考えるが)。馬なるものを存在せしめようというものが神より発してそこに存在する。それを私が馬であると認識できるというのは(それをどう呼ぶかは言語により異なるにせよ)、その「あるもの」が馬というものであるということを理解できる何かが、私の中にすでに備わっているからだということである。そのように、人も(私も)馬も、ともにこの世界にあるべく創造されている。神においてその両者はぴったりつながっているのである。

この、あたりまえとも見える、日常世界をいま私がこのように見ている、感じているということ自体、私の中に神の知性が分有されていることの証拠である、というようなことだろう。

このトマス思想を理解するためには、トマスはたぶん「存在するものはすべて良い」と感じていた、ということを思い出さなくてはならない。いかなるものでも存在するものは良いのだ。存在するということ自体が神の愛の表現なのだ。原爆やアウシュビッツを経過した現代人は、なかなか「存在するものはすべて良い」と断言する自信が持てないのだが、トマスはあくまでそういう場所に立っている。いかなる苦しみがあろうとそれは神がそこに存在させているもので、それは善なのである。つまりそれは魂の修練を与えているという神の愛なのである、ということだろう。そのように完全に信じ切るということが信仰である。

しかし私は、トマス思想とはちょっと違って、存在するものをいきなり神のイデアから説明するのではなく、そこに「世界霊魂」という中間項を置く、という新プラトン主義的な世界理解に近い立場を取っている。もっとも、世界霊魂も究極的には神の意志により動いているので、それは少しばかり説明を詳しくしたというものでしかないかもしれない。ともあれ、この実際にここで展開されている物質的地球世界は、ある一定の秩序を持ち、そこに多数の事物が存在しているが、それらを統轄してこの地球世界を出現させているのが世界霊魂である。いや、正確には地球霊魂というべきだろう。他の星の世界もひっくるめて実在世界を運行しているのは、地球霊魂よりも高次の世界霊魂であろう。地球霊魂は、物質世界だけではなく地球にまつわる非物質世界をも統轄していると考える。人間は、ある目的があってこの地球世界に入るときには、この地球霊魂と同調し、この地球世界特有の認識構造、認識カテゴリーを身につけるに至る。肉体という物質的感覚器官(として認識されるもの)が創出されるのも地球霊魂との同調によるのだろう。

しかし人間は、こうした地球世界に同調している部分だけではなく、それよりもさらに高次の、「もと」の世界を認識する能力も潜在的に持っているのである。それが魂の高次の部分であって、これはいわば「本体」で、地球よりも高次の世界にいるのである。以上は「ぶっ飛び思想」ではなく、新プラトン主義的世界観を現代風に表現したものであるので、お間違えなきよう。

トマスは、魂の本体が高次世界にあるというようなことは言わない。その意味では新プラトン主義哲学の方が「わかっていた」部分があると思う。それでもトマスは、近代哲学よりはずっと真理に近いことを述べていると感じられる。

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