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喫茶去

期間限定でメッセージを受け取ったが、最近自分はこういうふうに変わってきた、という報告のようなものが多数を占めていた。

一方で、少数ながら、何か思いつめたようなエネルギーで「質問」を送ってきた人もいる。

ここでは、その質問には、あえて答えない。というのも、その人がいま本当に必要としているのは、けっして、その質問の答えではないからだ。むしろ、そのような質問が出てくるような「存在のあり方」を変化させていくことが必要となっているように思えるのだ。存在のあり方(それをエネルギーという表現でも語るのだが)が変わってくれば、自然と、その答えは自分なりに明確になってきたり、また、その答えを知ることはたいして意味がないと思えるようになってくるのである。

いわゆるスピリチュアルというのは何のためにやるのかなど、答えはあまりにも自明である。自分が幸福になるために決まっているのである。一点の曇りもなくそのように断定できるような「存在のあり方」でそこにあるということだ。ここで「じゃあ人のことはどうでもいいの?」などと質問するというのは、頭だけで考えている証拠だ。

禅に、「喫茶去」という話がある。
思いつめた表情で道を問う修行者に対し、「まあお茶をのんで行きなさい」と答える、という話である。
ダージリンにしますか、アッサムですか?
スリランカは、ウバとディンブラでは、またずいぶん違います・・

「それってスピリチュアルと関係あるの?」
その問いに対して、老僧は、何も言わずにほほえむだけである。

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