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歴史の分岐

ちょっと前に書いた「お仕事計画」はたちまち変更された。ボナヴェントゥラ神学にひたるつもりだったのだが、ナスル先生をちょっと読み返したのをきっかえにイスラム哲学にはまり始めてしまった。まだまだ知らないことがたくさんある。それにつられて、伝統主義哲学の本も大量に買いこみ始めた。英語では、けっこうたくさん出ているのである。

やっぱり、どうしても、ここが日本の知的世界の欠落だと思わずにはいられない。つまり、「霊的なことがら」が「思想・哲学の問題である」という認識が、おそろしいほどに低いという状況があるのだ。霊的というとすぐにオカルトだとしてしまう風潮があまりに強い。逆に言えば、そういう反霊性的な考え方に対して、思想哲学からの「抵抗勢力」が弱すぎる、という問題でもあるのだ。結局、哲学が輸入学問に終わっていて「自前の思索」が少なかったというつけが回ってきているのかもしれない。

ともあれ、伝統主義思想はなかなか受け入れられない。ゲノンの訳書は出たことがあるがとうに絶版だし、シュオンもナスルも出る見込みはない。アメリカではあれほどメジャーなヒューストン・スミスさえほとんど読まれないとは・・

しかし、ヨーロッパとイスラムとの哲学の歴史を見ているとなかなかおもしろい。ヨーロッパは唯名論に向かい、イスラムは神智学へ向かうという両極端への分岐。唯名論とは要するに、「素朴実在論の哲学的肯定」だと思う。存在の深みなどは考えなくてもいいという思想だ。結局、わかりやすくいえば、ヨーロッパは伝統的な精神文化の深みを捨てて、科学に代表される物質文化を発展させるという道を進んだわけだ。哲学や文学・芸術では、それに対する反発がいろいろと試みられたが、文明全体の滔々たる流れは止められなかった、ということではないか。ヨーロッパがそうした「精神から切り離された物質文明」という歴史的実験を行ったのも、なんらかの地球史的な神慮によるものであったかもしれないが、今は、精神文化を復興させ、物質文化とのバランスを取るという時代に入っているのだ――と書けば、かなりわかりやすいであろうか?

「スピリチュアル哲学入門」というなら、そこにはどうしても、近代文明批判という要素が入らざるを得ないということである。

それにしても、イスラム神秘哲学は、現代の唯物論に曇らされた目にとっては、相当なる「ぶっ飛び思想」ではなかろうかと思う。実は、『魂のロゴス』なども、こういう世界に入っていると、全く違和感がない(笑) 宇宙の神的根源、叡智的存在(天使)の導き、霊的な光明の流出・・全部ありますよ。

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