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ルイ・デュプレ『近代への道行き』

ルイ・デュプレの『近代への道行き:自然と文化の解釈についての試論』(Louis Dupre, Passage to Modernity : An Essay in the Hermeneutics of Nature and Culture, Yale Univ., 1993)てのを読む。

なかなか学識に富む本であった。さすがにイエール大教授というかんじですね。なんでこの本かというと、稲垣先生の論文の注に何度も登場していたので注目していたのだ。

これはタイトルの通り「自然と文化についての解釈」つまり世界観について、ギリシアと中世ヨーロッパから近代へ移る過程で起こった大きな変化について述べているわけである。稲垣先生が共感したのも当然だが、その最大の思想的な変化をオッカムに代表される唯名論に求めている。さらに、神の意志の絶対性を強調する「主意主義」(と訳すんだっけ? voluntarismだが)の神学についてもふれる。そこから機械論やデカルト的な自我への思想史的な変化を追っていく、というような感じ。

デュプレは、トマス的な総合をかなり評価しており、そこから、トマス→ドゥンス・スコトゥス→オッカムと行くにつれ、その世界観的均衡が崩れてきたことを言っているという点では、稲垣先生と基本的に同じ意見。唯名論は、自然を神的な秩序から切り離された自律的なものと見たところから、近代科学の機械論的パラダイムを準備したということ。

ある意味では、これまで勉強してきたことと同じだし、コンセプト的に、全く新しいものはあまり出てはいないのだが、ここまで思想史的にまとまっているのは貴重というか、いろいろと整理できるので役に立つかな、という本であった。

0300065019 Passage to Modernity: An Essay in the Hermeneutics of Nature and Culture
Louis Dupre
Yale Univ Pr 1995-09-15

その次は、ナスル先生の新著にとりかかっているのだが、デュプレの本と並べてみればいろいろ考えさせられることがある。

それは、やはり、ヨーロッパ近代の宇宙観や自然観、そして「哲学」をどう理解するのかということを、そのまま自明の前提として受け取ってはならないということである。そこからは何も始まらない。はっきり言って、ヨーロッパは近代において道をそれたのである。前にも書いたが、物質科学を発展させるために、精神文化を犠牲にしたのである。精神文化の復興のためには、ヨーロッパ近代の相対化がますます必要とされているということである。

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