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オッカムによる転回の果て――稲垣良典『抽象と直観』

いやあ、稲垣良典先生の『抽象と直観――中世後期認識理論の研究――』は、期待に違わず、すごいですね(^^)

このところ、近代的な知の起源という問題について関心をもって調べてきたが、どうやらこれで「決定版」に行き着いた。

とはいっても、ここに来るまでは長かった。というのは、私はなかなか、中世的な(この本でいえばトマス的な)発想を理解することができていなかったからで、このあいだ宝満さんの本を熟読したおかげで、ようやくトマス哲学が理解されてきて、この稲垣先生の本を理解できるようになったのである。それくらい、近代人的な発想を抜けることはむずかしかった。それはあまりにも「自明」となってしまっているのである。

稲垣先生は、名著『天使学序説』という著書もあるくらいで、現代において形而上学はいかに可能なのか、というテーマを追求している。この『抽象と直観』でも、冒頭から、「なぜ近代の学問は『霊魂』について問うことができなくなってしまったのか」という問題意識を発している。

魂とは何なのか、そういうものがそもそもあるのか、あるとすればそれは不滅なのか(死後も存在するものなのか)――というのは、人間にとって根源的なテーマであり、そういうことを知りたいという欲求は常にあるはずだろう。

ところが、このような問いを求めて、大学へ行こうとしても、そのようなことをやっている学部・学科というものは一つも存在しない。私は事情を少し知っているから断言するが、そのようなものは一つもないとはっきり言う。哲学科は、そういう問いを追求する場所ではないので、間違って行かないように注意してほしいと言いたいくらいだ。中には、間違って宗教学科へ行ってしまって、大変なことになってしまう人もいるくらいである(苦笑)。

ただ、過去の哲学の研究としてはそういうテーマ設定も許される部分があるので、可能性としてはキリスト教系や仏教系の哲学などではあり得るかも、という話になる。

このような問いを「形而上学的な問い」というのだが、それが、大規模、組織的に、「知の体制」からきっぱり排除されてしまっている、というのが現状であり、それが近代社会というものなのである。

稲垣先生にしても、文科省への補助金申請書類で、「トマスにおける天使的認識の問題について」と書けば通るかもしれないが、その「トマスにおける」を抜いてしまって、天使的認識の問題を普遍的、一般的な学知の対象として追求するのだ、としてしまえば、審査員はさぞ当惑してしまい、ひいては、「この先生は大丈夫か?」という心配もされかねないのである。・・なんて意味のことを、『天使学序説』では書かれていた。

このように「形而上学的問題を学知の対象とすることに対する強い疑念」というものが、近代精神にはある。それはとりもなおさず、「反霊性的」でもあるということを意味する。

近代的体制においては、霊性探求と学知の立場は矛盾する。相容れないものを持っている。

もちろん学知は霊性探求にとってかわるものではない。しかしながら、「霊性探求に相反しない学知」や、「霊性探求を助け、位置づけるものとしての学知」というあり方を考えることは可能である。

いちばん端的な例を述べれば、もしここで霊的変容がスタートしたら? と考えてみるとよい。天使の声を聞いてしまったらどうなるか? 近代的世界観に従えば、そのような人はただちに病院行きである。霊的変容において、現状では、社会からのサポートはまったく得られない。それどころか、それを抑圧するようなプレッシャーが働く。反霊性的な社会とはそういうものである。

そもそも、莫大なる学識を積み上げようとも、「人間は死ぬとどうなるのか」ということには「何もわからない」としか答えられない学知の体制に、人はどれだけの信頼を寄せることができるのであろうか。明敏なる子供は、そういう教育体制に潜む根本的な欠如を、見抜いてしまっているのではなかろうか。

さて、このような近代的な学知の「常識」ができあがったのは、最終的にはカントであろう、という見通しがあった。

それは間違いではないが、カントはいわばそれまでの流れの完成者というべきであって、そういった近代的学知の発端は、14世紀のオッカムにあったのではないか、というのが近年有力な説なのであり、『抽象と直観』はそれを明らかにしようというものである。

そこで何が転回されたのか、がはっきりと見えてくれば、そういった近代知の地平を超えて、新たな形而上学を考える視野も開けようというものである。

この本は1990年の出版である。しかし、いまだにほとんど影響を与えていない。
本質的に新しいものは、こういうところから出てくるのだ。流行にひきずられないようにしたい。はやりの、内田樹、鷲田清一なんて、どうでもいいと思う。ちなみに、内田樹の研究室というページとこのブログをはしごするのは、私としてはやめてほしいという希望をここで述べておく(笑) いちばんかんじんなことは、近代知の成立した根源を見抜くということである。見抜くことによって自由になることが重要である。

4423100851 抽象と直観―中世後期認識理論の研究
稲垣 良典
創文社 1990-03

この本は、ひじょうに明晰な論理展開をするので、じっくり読めば容易に理解できる。
とは言っても、いきなりこれを読むのはやや無謀なので、前にあげた『信仰と理性』が手に入れば、それを読んでおくのがよいだろう。この本も最後にもオッカムの問題がかんたんに触れられている。

あとは、中川純男編『哲学の歴史3・神との対話・中世』の中の「オッカム」の項(渋谷克美による)を見るか、大鹿一正「自然と個――スコトゥスとオッカム――」(上智大学中世思想研究所編『中世の自然観』所収)なんかが読みやすかった。

またすでに書いた、坂部恵『ヨーロッパ精神史入門』もこれに関して必読である。

さらに、谷隆一郎先生によるオッカム問題についての論文。こちらを参照。
http://reisei.way-nifty.com/spiritsoulbody/2007/08/post_61fa.html

実は、このオッカム理論の徹底した個体主義、いかなる「普遍」の実在も認めない思想には、なじみがある。
というのは、1970~80年代に、「コスモス・カオス理論」というのが猛烈にはやった時期がある。その代表的な論客は、たとえば丸山圭三郎、今村仁司、竹内芳郎などだったように思う。
この当時の知識人は、かなりこれに影響されており、構造主義もそのように理解されていたし、山口昌男の人類学も、廣松渉の哲学も、かなりそういう背景の中で受容されていたのである(栗本慎一郎がはやっていたのもこのころである)。

世界とは、実は、何も秩序は実在しておらず、カオスなのである。
ただ、人間精神のみが、それに秩序を与え、コスモスを作る。
このカオス・コスモスという対立項は、自然・文化としても理解された。
これが、レヴィ=ストロースの構造主義だということでもあった(実際、そうであるのかどうか、私はよくわからない)。
そして、ドゥルーズやデリダなどのポスト構造主義を、コスモスの否定であり、「実相」としてのカオスを提示する試みとして理解するという方向もあった。

私は今になって、これらがすべて「むなしい議論」であったことを知った。
こういうパラダイムは根本的に誤りだったのだ。これはオッカムによって始まった近代精神の極北だったのであり、ここの先には何の「精神性」も残されてはいなかったのだ。

唯名論(徹底した「個物のみある」という考え方)は、霊性の荒廃へと導く哲学なのであり、霊性哲学は、徹底的に実念論(ある意味で「普遍」が実在する)という考え方に立たない限り、あり得ないということである。

ただ、徹底した個体主義は、ある意味で、仏教思想の「無自性」に似ていなくもなかったのである。
日本の知識人が、あれほど普遍の非実在という思想に影響されたのも、仏教思想という背景があったからだ。むしろ、普遍が実在しないということの中に何か深い意味を見いだそうという人びともあったのである。
このへんが、事情が複雑なところである。

京都学派的な霊性哲学、つまり、「魂の実体的存在」を徹底して否定しながらも、そこに何らかの霊性的原理を見出そうという思想もあった。

ここでは、「究極者」は語れるものの、魂が存在することも、また宇宙にはさまざまな領域があり、領域に従った知性認識の多様な形式があることなども、すべて語ることができない哲学である。それでいいのか? そういう霊性哲学は実際に探求者にとって「使える」ものであるのか? という疑念が提示されているわけである。

私は、「イデアはある意味で実在する」という、きわめて反時代的な原理に立って、究極者から事物の存在までを描き出す、形而上学に挑戦してみたい気がする。

そのために稲垣先生の『抽象と直観』は強力な道しるべなのである。
前に注目していた、永井晋の『現象学の転回』なども、つまらなくなってきた。
実は、『抽象と直観』のような書物が、本当の意味での「前衛」なのだと感じられてきたのである。

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