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八木雄二『中世哲学への招待』

八木雄二『中世哲学への招待』は、ドゥンス・スコトゥスの入門で、そこで近代ヨーロッパの始まりを知ろうという試み。「中世哲学」とは言っても、ドゥンス・スコトゥス以外はいっさい出てこない。これで中世哲学の概観が得られるという期待を持ってはいけないので、あくまで哲学史と合わせ読む必要がある。概観コーナーもあるがあまりに簡単すぎる。

この本、むかーし買ったが、その時はどうもめんどくさい話が多くてよくわからないような感じだった(^_^; それは中世哲学のことをまったく知らなかったからだが、最近少し勉強したせいか、それほどむずかしいことを言ってはいないことがわかった。

ドゥンス・スコトゥスが近代の始めだというのは、要は、個物の強調と、主意主義(意志を重視すること)の二点である。

しかし、その点をさらに徹底化したオッカムについてまったく触れていないというのはどういうことだろうか。たしかにドゥンス・スコトゥスにおいて始まってきたものが一つの帰結にもたらされたのがオッカムであるので、近代的世界像の成立を言うためにはオッカムははずせないと思うのだが。入門書ということであえてオミットしたのだろうが、よかったかどうか。

それと根本的に、著者には、稲垣先生のような思索の深みに欠けているうらみがある。著者はそもそも、「普遍が実在する」という思索は、何を見ようとしていたのかということが深いレベルでわかっているのであろうか、という物足りなさを覚えるのだった。また、アリストテレスの説明もどこか平板である。その宇宙論的な思索が伝わってこない。

着眼や企画は悪くないが、深層の話にまではいかない。そういう感じである。それはつきつめると、著者が「神」と向き合うことが求められているということ。キリスト教の問題を、ヨーロッパ文化を理解するための教養としてとらえていて、自分の問題だとは思っていないところがあるようである。しかしまあ、中世哲学の比較的やさしい本は少ないので、貴重なものではある。ドゥンス・スコトゥスの引用部分はあまりにややこしい文章なので、つい飛ばしてしまったけれども(笑) しかし平凡社新書では続編らしき古代哲学編も出たところを見ると、ある程度売れたということなんでしょうねえ・・ ここから進んでもう少し深みを求めるなら、私はやはり、リーゼンフーバー先生か稲垣良典先生をオススメしますが・・

しかし著者は、大学の非常勤講師と、環境保護のNPO代表というよくわからない肩書きである。生態系の哲学みたいな本もあるらしい。

4582850693 中世哲学への招待―「ヨーロッパ的思考」のはじまりを知るために (平凡社新書)
八木 雄二
平凡社 2000-12

おっと、「神と向き合っているのか」などと失礼なことを書きましたが、著者は『イエスと親鸞』という本も書いているのですね。すでに品切れというのはよくわからないが・・ しかしなかなか昭和の香りのするテーマではある。しかし、イエスと親鸞? なぜこの二人が同列になるのか? だってイエスは宗教家や思想家ではなく、神の子なんですが・・ イエスを宗教家だと見た瞬間に、キリスト教を否定することになりそうである。だからイエスと比較するなら、マハーアバター・ババジ師あたりでないといけないような・・ 中身を読む予定はないので批評は避けるが、少なくとも、神について考えていないわけではないらしい。ただ『中世哲学への招待』を見る限り、著者が特に、信仰と知性の問題を考え抜いている人だという印象は持たなかった、ということである。

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