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伝統主義に立つ哲学入門

『スピリチュアル哲学入門』の構想を考えているが、基本的には、「伝統主義の立場からする哲学入門」というコンセプトを予定している。

伝統主義とは、ゲノン、シュオンに始まり、現在ではヒューストン・スミスとセイイッド・ホセイン・ナスルに代表される思想的立場であり、現代の唯物的世界観をきっぱりと否定し、伝統哲学で言われていた霊的な世界観こそが真理に近いと主張する立場である。

トランスパーソナル心理学とは、この伝統主義の哲学を基盤としつつ、そこに現代の心理学をミックスさせることをめざすものである。さらにケン・ウィルバーは、そこに独自の進化論的哲学を発達させ、昔のテイヤール・ド・シャルダンにも似た思想をつくりあげ、一定の影響力を示している。が、私としては、トランスパーソナル的な立場は少し「特殊すぎる」と思っている。心理学などをミックスさせる必要はない。思想という立場では、伝統主義だけで十分である。べつに、伝統思想をフロイトやユングなどと「統合」する必要はないのである。

日本にもトランスパーソナル心理学系の学会もあるが、心理療法にいかにして霊性を取り入れるか、という問題などが論じられている。それは心理学者にとっては意義あることであろうが、思想の立場からするとちょっと畑違いである。この学会で思想的なことがらも扱おうとするのは少し無理がある。本当は「霊性思想学会」のようなものができるのが理想であるといえよう。トランスパーソナル心理学も、少しまちがえば、「トランスパーソナル・セラピスト」なるものが霊的な指導者にとってかわろうとするような事態にもなりかねない危険がある。霊的な発達については、宗教や霊的伝統が中心となるべきで、心理学はあくまでサポート役にすぎない。心理学が宗教にとってかわろうということなどあってはならない。

日本の思想界で、トランスパーソナルの紹介が先行したことは、はたして幸福なことであったか? まず、伝統主義哲学というものが、日本の伝統をふまえた形で根を下ろし、そうした大きな流れの中で、心理学に関わる特殊バージョンとしてトランスパーソナル心理学がある、という形が理想だったのではないだろうか。伝統主義哲学がこれほど理解されていない状況のなかでは、トランスパーソナルも「いかがわしく」思われてしまう危険も高いのである。そもそも、トランスパーソナルの紹介は、アメリカ60年代のカウンターカルチャーの流れと共に入ってきたことは否定できず、その紹介の先頭に立っていたY氏なども、かなりヒッピー的人物であったので、そういうニュアンスはどうしてもつきまとってしまうのである。

そういうわけで、この本では特にトランスパーソナルについては詳しく触れるつもりはない。私はいま、トランスパーソナルを積極的に日本において広めようという立場には立っていない。トランスパーソナルという規定はある文化的傾向を超えにくいものなので、もっと広い立場に発展解消した方がよいという考えである。「霊性心理学会」とでもすればよいと思う。

というわけで、伝統主義についてもっと世に知らせることが必要である。そこで、伝統主義に立つ哲学入門書の存在は、意義のあることだと考えている。

この哲学の概略は、ナスル先生によって見事に整理されているのだが、それをもっと初学者にわかりやすくし、東西の伝統哲学への簡単な概観が得られるような構成を取ろうと思う。テキストにも使えるような形で。

したがって、前著のような文学的表現よりも、もう少し「ふつう」な書き方になるのかもしれない。

こちら、いま読んでます↓。ナスル先生入門にいかがですか?

翻訳なんか、当分出ないですよ・・ 『スピリチュアル哲学入門』が売れに売れたら、出せる日も来るかもしれないが・・

1933316381 The Essential Seyyed Hossein Nasr (Perennial Philosophy)
William Chittick
World Wisdom Books 2007-09

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