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言葉は波動――ネットとアストラル界

ブログに対する悪意ある攻撃、いわゆる「炎上」に警察の手が入ったという。

これは、やむをえないというか、むしろ遅かったと言ってもいいだろう。

悪いことをすれば捕まるという抑止力がなければ、自分を抑制できにくいのが人間であるのだから、ネット社会も例外であるはずがない。いや、むしろネットは、現実界よりもはるかに抑制がききにくい世界であり、それだけ、抑止力についてまじめに考えねばならないのだ。

ネットというのはだんだんアストラル界に似てきたと思う。つまり、思ったことと、それが実現されることの距離が少なくなっている。物質界的な抵抗というものが少ないのだ。アストラル界では、悪い想念を抱く人は、それがすぐに実現してしまうので、自分で作り出した「地獄」にはまるケースもあると聞く。想念をコントロールできにくい人には、この物質界の重さ、抵抗力は、むしろ恩恵であり、コントロールする訓練になるのだ。

ネットでは平気で悪口雑言を書き散らすことができる。しかしリアルに、本人を目の前にして対面した状況では、そのような言い方をするのはよっぽどだろう。批判したい点があるとしても、言葉の表現はいろいろ考えるだろう。

このブログでは昔、メールを送れるようになっていたことがあるのだが、たまに、「生意気言ってるんじゃねえよ」というような匿名の嫌がらせメールが来ることがあった。しかし、これが電子メールではなくて、リアルな紙にその言葉を書き、それを封筒に入れ、宛名を書き、差出人は書かずに切手を貼って投函する、というところまでしようという人はない。そこまでやるのはよっぽど恨みを持っている人物であろう。そのような物質界的行為にまで及ぶには相当のエネルギーがいる。それをしているうちに「こういうことをやっている自分とは何なのか」という想念も出てくるだろう。しかし、メールだと思いついた瞬間にすぐ実行できてしまう。

ネットは実際にはアストラル界ではない。その向こうには生身の人間がいる。それがどういう反応をするかということに想像が及ばなくなりがちである。物質界的な抵抗がないというのはある意味で恐ろしいことなのである。言いたいことがすぐに言えてしまうのはよいが、その人の持っている魂のレベルももろに表出されてしまうことになる。そういうものを人目にさらしているのだという自覚を持つ必要がある。

批判もけっこうである。ただ、あなたはそれを本人に面と向かって言えますか? 表現には気をつけたい。表現とは、魂の気分が反映するものであり、言葉の持つエネルギーに気をつけるということである。攻撃的波動、人を傷つける波動を発していないかチェックすることである。

想念だけで人を殺すことができれば、現実に起こる殺人事件の数千倍、数万倍(もっとか?)の人が死んでしまうのである。アストラル界とはそういうこわいところである。人の心にはそういう闇もある。

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