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戒律について

つづいて、密教思想の復習に入ったが、あらためて思うのは、なんと言っても「戒律」が基本だなあ、ということ。自分を倫理的に律するということ。これがなくてはね・・

六波羅蜜、十善戒、四摂法、四重禁戒・・

検索すればすぐにわかるので、説明はしないが、やはり、基本ばかりですね。

『いか超』では、根本命題として次のように述べられている。

あなたの求めるどんな認識内容も、あなたの知的財宝を蓄積するためのものなら、それはあなたを進むべき道からそらせる。しかしあなたの求める認識内容が人格を高貴にし世界を進化させるためのものであるなら、それは成熟への途上であなたを一歩前進させる」 ちくま文庫版、p.35

ここでは、霊的書物を「知識の蓄積」として読むことの危険が述べられているから、よくよく気をつけたいところである。

また、この本はあたかも、仏教の戒律は、どういう意味があるのかという解説にもなるような気がする。たとえば、怒りとか悪口を言うとかいうことが、どのように魂を曇らせるか、ということも詳細に書いてある。

確認しておきたいが、霊的な道においてもっとも重要なことは「魂のあり方」である。認識活動もまた魂の行為である。

「尊敬するに値するすべてのものへの畏敬、という基本的な気分」が出発点になければならない(p.31)。 

霊的な目覚めへと導く「魂の気分」――その重要性を思うからこそ、私は、そういった気分をも含めて、霊的思想は叙述されるべきだ、と考えている。それは、現今のアカデミズム的文体では限界がある。というわけで、プラトン的対話編形式にその媒体を求めているのだ。私は自分の考えにしたがって、歩んでいるつもりではある。しかし、自戒を込めて、『いか超』などをときおり読み返すことが必要だろう。

そのような「魂の気分」を破壊するようなアストラル的エネルギーが漂っている書物、サイト、テレビ番組などは、いっさい見ないようにするべきだ(つい見てしまうんですがね・・)。

ここでの結論は、戒律とは、霊的目覚めの道にふさわしい「魂の気分」に常にいるためには、どのようなことに気をつけるべきか――を教えたものだろう、ということである。

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