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ブルガーコフのソフィア論をめぐる気楽な感想

ロシアの神学者ブルガーコフのソフィア論、二度目の通読。

前に一度読んだはずだが、たぶんその時はあまりわかっていないかったかも(笑) かなりばりばりの神学である。正直言って、ちょっと神学の枠が強すぎるというか、あまりに狭い形式に入ってしまっている思想じゃないかという印象も抱いた。枠組が堅すぎるというか。ちょっと期待しすぎたというか、そのままで普遍神学として使えるものではないようである。

このソフィア論を読んでいて、結局のところ現象世界の究極にある一種の「媒介性」の問題に行き当たる――と感じた。鈴木大拙の「即非の論理」や、新田義之の「媒介性の現象学」などが頭に浮かんだが、つまりは、根底にはつねに媒介性があるということを、ソフィアというコンセプトで表現している、と私には読めたのであるが・・・ 形而上学の根底はつねにこうした「聖なる二律背反」が存在することは、相当昔から気づかれていたはずである。アリストテレス論理学で育っている西洋の思想は、なかなかこういう二律背反を表現するのに苦労しているということもある。下手をすると、神とソフィアとの二元論になってしまう。それは、インドのサーンキヤ哲学に似たシステムになる。要するに、神しか存在しないはずのところに、なぜ、現象世界という神ではないものが出現するのか――という問いに答えるには、どうしても、絶対矛盾的自己同一とか、そういうわけのわからない(笑) コンセプトをどこかで持ってこなければいけないのではないだろうか。

世界はなくてもよかったかもしれないのに、なぜ世界が出現したのか。これは、「なぜ、あるものはあるのか。なぜ、ないのではなく、あるのか」という形而上学の基本定式である(ハイデガーの形而上学入門も、そこから始まる)。私もこういう質問を何度もされたが、私は神ではないんですよ(笑) しかし、人間がこの問いに答える方法は、昔から、あるパターンに限定されているということは言える。それにしても、こういう質問をする人はたいてい男性で、女性に聞かれたことは一度もないなあ。

話をソフィア論に戻すと、そこには明らかに「永遠に女性的なるもの」というテーマがエコーしているのを感じる。これはむしろ文学的感性だろうか。こういう根本的な媒介性は深層心理的には女性イメージで出現するのかもしれない。私が思い出したのはワーグナーの「パルジファル」に登場する謎の女、クンドリーである。とりわけ、ジーバーバーグ監督によるオペラ映画版では、この女が「永遠に女性的なるもの」であり、世界の謎そのものであることが示唆されていた。

ブルガーコフは、下手をすればグノーシス的二元論に転落する危ういところを歩んでいる。たしかに、正統派の僧侶から見ればうさんくさく思われるのはしかたがないかもしれない(笑)

0940262606 Sophia, the Wisdom of God: An Outline of Sophiology (Library of Russian Philosophy)
Sergei Bulgakov
Lindisfarne Pr 1993-11

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