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神仏の世界を復権させる

日本における「伝統」とは何なのかと考えてみる。日本にはイスラムのような確固としたものがあるわけではない。だからこそ、伝統の抵抗力が弱く、西洋化が進んだということもある。

思想的には禅をベースにした哲学が志向された。西田幾多郎、西谷啓治などの京都学派というものがそれだ。だが、禅には形而上学が欠けていた。あることはあるが、禅の特質として「中間次元」が弱かった。禅ではそれをすべて魔境として退けるからである。そして、超越的次元に人格的存在を認知してそれとの関係を結ぶ、という思想も形成しにくかった。つまり、明治以来の思想では、伝統のある部分しかとりあげられていないという印象を受ける。

こうした思想は知識人には受けがよく、西洋のインテリにも興味を持たれる。だが、霊的思想としては欠落したものがかなりある。

私が日本の伝統として思い描くのは、「神仏の世界」だ。つまり、神道の神々と仏教の仏尊たち(如来、菩薩、明王、天部など)が入り乱れ、共存している宇宙だ。

こういう世界を思想的に統合できるのは禅ベースのものではなく、密教的なものだろう。その意味で空海の思想がいちばん注目されるものである。

私自身は、神仏の世界を完全に信じている。それらは心理的な現象ではない。ある意味ではリアルだ、ということである。これは、ナスルやコルバンが天使の存在を信じているのと同じことである。

日本人は、もともと神々の世界を信じていたところに、新たに仏教の存在たちを受け入れた。その共存に何の問題も感じなかった。いま多くの人が、ミカエルやラファエルなど、西洋系の天使の存在を受け入れはじめているが、日本の伝統からすればこのように新しい天使的存在を統合することはそれほどむずかしくはなく、違和感はないのである。

ここでもう一度確認しておくと、霊的な次元というのは

超越的な絶対=無、空、全一と言われるレベル
創造神のレベル=キリスト教の神
高次元存在のレベル=天使、仏尊、神道の神々
そのほか霊的存在のレベル(いわゆる魔的存在も含む)

というふうに分かれていると考えている。つまり日本の神々や仏尊は西洋で言えば天使に当たるレベルである。ただしこの次元もさまざまに分かれているようである。これはシータヒーリングで言う分け方とは同じではない。

つまり、京都学派的なものは「もういい」という感じで、密教的な原理に基づき、こうした存在への信仰や関係性という要素を含んだ霊的思想を考えたいということだ。

ということで、やはり次のテーマは「天使学」であろうか?

ただ、天使的存在への信仰も、その根底としてすべては一であり、天使もそうした絶対的原理の展開であるということをおさえるわけである。これもすでに密教には含まれている。すべては大日如来の展開なのだ。

もう一つナスルが提起しているのは「自然は霊の顕現」というテーマだ。これも伝統日本にはなじみのある思想である。

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