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現代における霊性思想と実践

こちらのブログは一ヶ月ぶりである。最後の記事の後、私は三週間にわたるセミナーに突入して、それが終わって一息ついていると震災があり、自分の被害はなかったが精神的に落ち着かない日々があった。それについては別のブログで書いているのでここでは触れない。とりあえず、そろそろ日常に戻るということである。

きのうから、セイイッド・ホセイン・ナスルへのロングインタビューをまとめた本、『聖なるものを求めて――セイイッド・ホセインナスルとの対話・人生および思想について』 In Search of the Sacred: A Conversation with Seyyed Hossein Nasr on his Life and Thought という本を読み始めた。まだ前半までだが、彼の生涯が詳しく語られている。それによると、彼はイランではかなりの名門の出で、最初はMITで物理学を学んだが、今の物理学は本当の自然の本質はつかめないと感じて哲学に転じたという。イランに帰国してからは、若くして大学の学長などもつとめ、国王や首相とも懇意にしているというたいへんな名士であったようだが、イラン革命の動乱の中で亡命したということである。

ヒューストン・スミスにしてもそうだが、なぜこれほどの人が日本ではまったく知られていないのか。彼の場合は、イスラム学者などが紹介をする責任があると思うのだが。いちおう、Three Muslim Sages という若い頃の本が一冊、訳されているとは思うが。

しかしいちおう私は、伝統主義思想をわかりやすく解説した本を書くということを決めた。それはナスルの思想が中心になると思う。

ゲノンやシュオンなどはアカデミズムとは無縁に、在野の思想家として活動したのだが、ナスルの場合はイスラム圏でも欧米でもアカデミズムに広く認められているというところが違う。伝統主義をアカデミズムに認知させ、大成させたという評価をすることができると思う。

私自身ははっきり言って日本のアカデミズムに認めてもらおうということはあまり関心がなく、どちらかというとゲノンみたいに自由に生きる思想家というスタンスにひかれている(ただゲノンの本自体はナスルほどおもしろさを感じない)。

私はアカデミズムに属しているのかいないのか、はっきりしないところがあるが、「属しているふりをしている」みたいな感覚だ(いちおう入っている学会はあるし、たまに論文も出している)。

前にも書いたが、伝統主義の訓練を日本でしようと思ったら、禅か真言密教、あるいは修験道みたいな世界しかあまり選択肢はない。私の好みは真言密教であって、過去生ではそういう世界にいたこともあるかもしれないが、今のところ、その修行をおこなうという選択肢はない。基本的にイスラム世界と比べて日本では伝統宗教の力は強くない。そういう師資相承の世界だけしか認めないという態度では多くの人は救われる道がないのである。そこで日本で霊性の道を考える場合は、すでに中世にあったような「易行」という問題が出てくると思う。ふつうの人でもできるようなもっとやさしいワークはないのか? という問題意識である。それが法然上人がつきあたった問題である。

その意味で伝統は更新されねばならないし、現代には現代人のための易行があるし、なければ作られていかねばならない。

だから、私は、霊性思想とヒーリングの二つを実践し、それを融合するというテーマを自分に設定したのだと思う。それは最初から自覚していたわけではないが、自分自身の歩みをふりかえればそういうことであった。ヒーリングとは現代人のための易行道として出てきたのだと私は考えるのである。

伝統思想の本とあわせてヒーリングやワークについてまとめた本を書こうとしているが、それは、現代における霊的な道はどういうものでありうるのか、という思索という意味を持っているのだ。

実際のところ、いまヒーリングとして行われているのは、密教的な行の世界にあったものを「易行化」したものだと思っている。それが本の中心テーマである。もちろん実際に実践できるようなガイドとしても役立つものにする予定だ。

そういうものを作ることは、やはり、自分らしく生きることそのものではないか、と感じている。

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