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新文明期の始まり

どうもまた、最近急に変わってきたところがあって、今までのように、過去の知識からあれこれ言うことに、基本的に興味を失ってきた。

哲学はもともと真理に向かう運動であるわけだが、頭で考えること、知識を積み重ねることによってそれに達することができるとは、私は今信じているわけではない。

真実とは実はシンプルであって、それにダイレクトに目覚めて来ている人がものすごい勢いで増えている、という今の地球の現実を見ていて、もはや、今までのようなスタイルを捨てる時ではないかと思えてきた。

人類の歴史始まって以来のことが起きつつあることがはっきりしてきた。

そのまったく新しいステージが始まったのは1990年代くらいだった、と今から思えばわかる。その当時は見ていなかったが。

およそ、近代というものが始まった17世紀くらいから1980年代までは「人類史の過渡期」であったのだ、ということがわかる。

人類史というのは、1.原始文明期、2.古典文明期、3.新文明期、に分けられるのであって、近代というのは2と3の過渡期だった。

ところが今の学問とか知的体系で常識とされていたのはこの過渡期にできたものの延長で、それで、まったく新しい新文明期を理解しようということに無理がある。

新文明期とは何か。それは人類が自己の神性に本格的に目覚め始める時代である。その結果、現実が意識によって創造されていることを理解し、現実をコントロールすることができるようになり、そうなって始めて、地球以外の進化した存在たちとの交流も可能になってくる、という新たなステージに入るということである。

この、自己の本質を知るということは、原始文明期にも、一部のシャーマンたちには知られてきたことであった。古典文明期ではインドやギリシャなどにおいてそうした哲学が勃興したが、この時期は本当にわずかな人々しかその本質を理解し、体現することができなかった。社会全体のレベルが低かったため、そういう意識を追求しようとしたら社会の外に出るしかなかった、という状況が見られた(出家ということである)。

この圧倒的に少なかった「目覚めの意識」を理解できるようになる人々が爆発的に増えて、やがて、人口の過半になってくる、というのが新文明期の方向性である。

新文明期を理解するために、これまでの学問はほとんど使い物にならない。
それは単に過去の権威によって尊敬を集めているだけで、自分たちが真理に近づいてはいないことは彼ら自身が一番よく知っている。

はっきり書いてしまうが、地球外知性とのコンタクトがオープンになる日もかなり近づいているのである。もはや猶予はない。そして、もはや、そのようなことを言ったらなんと言われるか、などという恐れを持つ必要はなくなったのだ。そのくらい、目覚めの意識があることに気づいている人が増えてきたのだ。

そこでこのブログでも、これ以降、思い切り本音での話をすることになるだろう。

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