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目覚めへの意識の量的変化

自己の神性への目覚め、ということ自体は何ら新しいわけではない。それは既に伝統哲学――インド哲学、ギリシャ哲学、禅など――で、探求されたことである。ただ、過去の文明においては、それに気づいた人はきわめて少数であった。これに対し、現在は、ものすごい数の人、それも、別に何かの伝統に沿って「修行」をしたわけでもない普通の人が、目覚めの意識を経験している。この数ということが、大きな変化なのである。つまり、量の変化が全体の質の転化をもたらそうとしている、という状況だ。

神性への目覚めということがらを、学問内部で探求しようとしたのは、人間性心理学やサイコシンセシスを先駆者として、トランスパーソナル心理学という立場もある。だが、哲学としてはもっぱら、アカデミズムの外部で受け入れられてきた。西洋社会でのその始まりはロマン派における直観からスタートして、エマーソンなどが本格的に東洋思想を深く理解し、ニューソートという思想の流れで追求された。これは今の「引き寄せの法則」の思想的なルーツになる。

そして今では、ノンデュアルなどという名前がつけられることもあるが、目覚めの意識を体験した人たちが、これは昔から東洋思想が言っていることと同じだなあ、ということに気づいてきた。トールなど、最近、その手の本もいっぱい出るようになっている。ここまで、西洋社会の人たちがこういう考え方を理解した時代はかつてないので、20世紀後半から21世紀にかけて、爆発的な「東洋哲学の浸透」が見られたということなのである。

西洋においては、それまでの、キリスト教思想の理解が、あまりにレベルが低すぎたことに気づき始めた。最も高次な視点で理解すれば、イエスの言っていることと東洋哲学は矛盾しないらしい、という視点を持つ人も出始めたということである。

こんな本が出ているのも紹介しておきたい。

Easternization of the West: A Thematic Account of Cultural Change in the Modern Era (Yale Cultural Sociology Series)

        Colin Campbell Routledge 2008-04-20
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宗教や霊性についての西洋人の理解が「東洋化」してきていることを指摘している。こういった文化変容が進行していることは、人類全体に「神性への目覚め」という価値観が共有される時代へと向かっている、ということになるのである。
しかし、こういう変容について、知識人と言われる人の反応はかなり鈍いのである。こうした文化変容は、ある程度の教養はあるが、わりと普通の人が主導している面がある。

それは結局、知識人というのは社会のエスタブリッシュメントであって、既存の価値観の中で競争を勝ち抜いて優等な地位を獲得した人々であるので、自分のよって立つ基盤を崩すような思想に賛同はしないものである、ということだ。哲学とはすべてを疑うことだと言われるが、世の中で哲学とされているものが本当に必要か、哲学者とは必要かということ自体は疑わないものらしい。私はそこのところを疑っているが。本当の哲学者は大学の哲学科にはいないものだと考えている。

しかしながら、地位や名声などはどうでもいいのである。それは三次元世界の夢のゲームでの勝った負けたという世界である。要は、目覚めるが勝ち、自由になることが唯一、本当の価値があることなのである。

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