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ひさびさに、ヘレヴェッヘのバッハ

また音楽ネタであるが・・ひさびさに、なつかしの? ヘレヴェッヘ指揮によるバッハのカンタータを聴く。いや、考えてみたら、以前ヘレヴェッヘのバッハにはまっていたのは今の家に転居する前だから、このようなリスニングルームもなかったわけで、今の再生環境で聴くのは初めてという盤が多かったのだが・・その美しさに、あらためてびっくり。もう、いつまでも聴いていてしまってなかなか終わりませんね。調べると、ヘレヴェッヘのバッハはその後何枚か新譜も出ているようだから、また新たにはまるかもね。この、バッハの宗教曲がかもし出す「安定した波動」というのはきわめて貴重なもので、こういうのをいつも聴いていれば、アストラルの変なものにかかわりあうような危険はほとんどなくなると思うが・・と、むりやり「そっち」の話題に結びつけなくてもいいのだが(^^;  ともあれ、その美の世界は・・ 鈴木さんのもいいのだけれど、やっぱりヘレヴェッヘにとどめを刺すのである。ブラームスのドイツ・レクイエムも、合唱ものはみなそれである。今度、メンデルスゾーンの「エリヤ」も、買おうかと思っている。ちと高いが・・

ただ、CDというのは、再生装置によっていかに音が違うのかも、実感したわけで、それはやはりお金をかけるに値するものである。よく「どのCDがいいのか」などという質問があるが、ミニコンポなどのレベルでは、どれもそんなにちがいはない。いいCDとふつうのCDの差が、10対8くらいだとしたら、再生装置にお金をかけるのは、まあ2倍、3倍以上の差にはなる。そういう優先順位のものである。CDになるくらいの演奏家は、いちおう名が通っているから、それほど絶対的な差はない。それよりも再生環境の差が大きいのである。・・とは言っても、私の家に超高級オーディオがあるなどと妄想しないでいただきたい。コストパフォーマンスというものがある。特にオーディオマニアでない限り、適正価格は10~15万レベルである。・・しかしこの話、何度も書くね。われながらしつこい(^^;  というのも、そのくらいの投資で、これほどの美の世界を手に入れられるということを、みなあまりに知らなさすぎると思うからである。

ひさびさのオーケストラ

体を休めるひまもないほどの日々であるが、19日は、ひさびさに、コンサートに出かけた。オーケストラは4,5ヶ月ぶりか? まあ、毎週どこかでコンサートやっているような場所ではないから・・ この日はチャイコフスキーばかりで、ヴァイオリン協奏曲に交響曲第五番がメインであった。

ヴァイオリン協奏曲では鍵富とかいう若者が登場したが・・その演奏は?? 同じコンサートを聴いた人の感想がWEBに出ているが

東京交響楽団 第50回新潟定期演奏会
まあ、そこに書いてあるとおりでしょうね。正直に書けば凡演でしょう。よくいえば「繊細な音」であるが、線が細い。他の曲はともかくチャイコフスキーには向いていない。それでたいして音色もきれいでないので、正直、どうしてこういうのがいいんだろう? と思ったわけだが・・ そのページにあるように「第1楽章終了後に拍手が湧きましたが、思わず拍手するほどの名演とは感じられず、間違えた人が多かったのでしょう」ということだったのだが、この有名な曲でそんなまちがいをするとは、さてはあなたシロートですか? という感じで、う~ん、これは一部の「鍵富人気」に目をつけた主催者が組んだプログラムなので、あまり本格的なコンサートに来たことがないような客層をねらっていたらしい、と推測できる。サクラってこともなかろうと思うが。

正直、コンサートミストレスの大谷さんが弾いた方がよっぽどうまかったんじゃないかと思うがね・・ 将来のある若い人に無理をさせて、叩かれてしまったら結果的にはあまりよくないですね(といって、自分も叩いているが)。

指揮者のキタエンコさんは、ダイナミックな演奏を好む人のようで、このソリストには、かなり欲求不満を感じたらしく、トゥッティのところでは思い切り強奏したりして、挑発するが、鍵富くん、それに応えるだけの余力なし・・という感じでずっと続いたのであった。自分のパートに必死で、オーケストラと交感するというレベルに行っていないので、正直、ソリストとして立つにはまだ早すぎる人なのであろうと思った。

まあ、それくらいにするが、交響曲第五番はかなりの熱演で、キタエンコさん、かなりたいしたものだと思ったが、こういう指揮者と渡り合うということなら、ソリストもかなりのレベルが要求されますね。

家に帰って、ヴァイオリン協奏曲のCDを聴いて、欲求不満点を解消した。まあ、ミルシテインと比較するつもりはありませんが・・(笑)

最後に書いておくが、私は大谷さんのファンですよ~

最近のお気に入りより2(音楽篇)

最近、私がはまっている音楽・・・それは、

J・S・バッハ チェンバロ協奏曲第2番ホ長調 BWV1053

なぜこれが好きなのか・・合理的な理由はないのだが、なぜかこの曲に激しく反応し、圧倒的な光輝と至福感に満たされるのだねぇ。もちろん名曲とされる第1番ニ短調とかも、好きなのだが、このホ長調には特別な思い入れがある。圧倒的な生命エネルギーの奔流である・・

ちなみに、こうやって非言語的に到来してくるものを、あえて、メッセージにするとどうなるか、と受け取る練習をするというのも、チャネリングのトレーニングになるかもしれない(笑) ヘミシンクのゲートウェイにも、非言語コミュニケーションの練習があったけれども。こういう練習はしておいて損はない。音楽を聴きながらチャネリングの練習、なんてのも乙なものかもしれんね(笑)

さて、演奏はコープマン指揮のもの。私は、他の演奏をあまり聞いたことがないので、コープマンでなければならないのかは、よくわからない。ただ、同じ曲がヴァイオリン協奏曲にもなっているのは聞いたが、そっちは、「来なかった」ですねえ。

B00005J40B バッハ:チェンバロ協奏曲全集2
コープマン(トン) バッハ
ワーナーミュージック・ジャパン 2001-05-23

・・と、リンクしたが、実はこれではない! というのも、この曲が入っているのは「全集1」なのだが、そちらはなぜか、どうしても検索にひっかからず、「2」しかリンクが作れなかった。まず「2」のページへ行けば、関連商品として似たようなジャケットの「1」が出てくるので、まちがえて買わないように。「2」の方は、複数台のチェンバロ協奏曲が集まっていて、こっちの曲はあんまり、それほどということはないので、買うのは「1」のみで良しである。

いつも、書いているが、音楽を聴くことに「霊的な深み」を求めるのならば、オーディオ装置は、絶対に、ある程度のものを買っておくのが、後悔がない。こればかりは、実際に体験しないとわからないので、なかなか、信じてもらえないのであるが、ほんとうに、まったくちがうのである。15万円の予算で、「毎日好きなときに神秘体験ができる」と言ったら、投資しませんか? あなたは。

(つまり・・言うところは、オーディオといってもどこまでやればいいのか? ということだが、目安としては「10万円以上」でよいと思う。15万の予算なら、十分である。それ以上投資しても、音質がよくなるのは、ちょっとなので、20万円のものが、10万円の2倍、よいわけではない。だからコストパフォーマンスとしては10~15万をすすめたい)

衝撃的CDその後――レムリアンブレス

この前書いた「クリスタル・ヒーリング」のCDであるが、このところ、毎日2~3時間は流れている状態・・ますますこのエネルギーに入っていっている。

そして、第2曲「レムリアの記憶」にそのエネルギーが使われている石――アマゾナイト、クリソコラ、そしてウォーターメロントルマリンを用いて、「レムリアンブレスレット」を作る計画が、このほど実行に移された。

行きつけの店で聞くと、ウォーターメロントルマリンは、かなりお高いらしく、これのブレス用丸玉は出ていないという。一時は、が~んということになりそうだったが、ウォーターメロントルマリンの小さなタンブルを、ブレスに金具をつけてぶら下げるというデザインによって、問題解決。

緑の石を基調にしてクリアクォーツなども混ぜ、なかなか好ましいエネルギーとなる。できるのは一週間後である。さて私自身のエネルギーもまた変化していくであろうか?

衝撃的CD発見

このあいだ知り合いのヒーラーさんのところで耳にしたCDが、波動感じまくりで、速攻入手した。

ジェームズ・マキオンの「クリスタル・ヒーリング」

なんか、太古の記憶を呼び起こすエネルギーで、こういう波動は、数年前までは表現されることがありえなかったんじゃないの、と思ったり。

ジェムストーンの波動が入っているそうであるが、どのようにして入れるのであろうか(笑) 繊細な波動の音楽に、ヴォイスが入っているが、これがまたすごい。

特に2番の「レムリアの記憶」ですよ~
この曲にそのエネルギーが入っているというジェムストーン三種を使ってブレスレットを作り、「レムリアンブレス」にしようという計画が頭にひらめく。

マキオンさんはエオラのジェムオラクルカードでも有名らしい。このCDはアマゾンでは売っていない。

追記

こっち見たら?

またまた Liquid Mind

またも Liquid Mindを買った。

B00005MNFLLiquid Mind V: Serenity
2000-06-06

by G-Tools

これで3,4,5,6と4枚そろった。はっきり言って最近のヒーリングミュージックは Liquid Mind ばかりである。
この「セレニティ」は、また一段と、深い至福感の世界に入ってしまう音楽で、何とも気持ちよい。
三好和義の「楽園シリーズ」にも通じる、ここのところの「至福」への感性というものが、出ているらしい。
何というか、自分がイルカになってブルーの至福宇宙を遊泳しているというか、そういう気分があるのだ。

ところがクラシックといえば、シューマン、チャイコフスキー、ラフマニノフと、ロマン派全開。

なんなんだこの趣味は、って自分で思いますね(笑)

最近のBGM

最近のBGMはリキッド・マインドの6。
3,4と買ってきて、月一枚ペースでそろえようかと思っていたが、6のジャケットにつられて一つとばし。
光の柱ですからね、「そのものやん」という感じです。

B00008BR0VLiquid Mind, Vol. VI: Spirit
Liquid Mind
Chuck Wild 2003-03-04

天使的音楽 Liquid Mind とモーツァルト

Liquid Mind というのはヒーリングミュージックのアルバムシリーズである。これに最近はまっていまして・・

以前からこれ持っていたんだが、その時は「よく眠れるCD」と思っていた。それは間違いではないんだが、その当時のオーディオと今のものではグレードが違う。数年ぶりに聴いてみたら、前はわからなかった、微少な音の粒子がキラキラと漂っているのがすごくクリアに聞こえてきて、この曲の真のディープさに耳を開かれた? ということ。

虹色の音の粒子が泡立つ「光の海」に漂う。私に浮かんできたイメージはなぜか「イルカ」だった。
もしかして、イルカっていつもこういう意識の状態で生きているのかもしれない(ほんとは知らない。これは想像である)。限りない意識の大海。至福。愛・・ その巨大な空間をただ自由に遊び戯れているイルカである。私はそれを水中から、イルカと同じ視線で見ている。いや自分もイルカになっているのだ。・・これは私にとって完全に「宇宙旅行」のモードであった。最初は、あまりに意識拡張しすぎて、聴き終わった時に「スペースアウト」状態になり、しばしグラウンディングできなかった。しかし、何回か聴くうちに慣れてきてそういうことはなくなった。

大傑作! これはひさびさの衝撃的な音楽体験だった。私がこれから Liquid Mind シリーズを買い込むであろうことはいうまでもない。

B00000I57BLiquid Mind III: Balance
Liquid Mind
Chuck Wild 1999-03-02


もう一つお気に入りはモーツァルト。というか、クラシックは最近モーツァルトしか聴いてませんね・・
モーツァルトセラピーという音楽療法があり、それによるとモーツァルトには倍音による高周波の音が豊富に含まれており、それがヒーリング効果をもたらすとされている。しかしいくら高周波といっても、ヴァイオリン協奏曲など聴くと、日本人の耳にはあまりにキンキンしすぎているように聞こえる。弦楽四重奏曲も日本人(正確には日本語の周波数帯域に慣れている人間)には生理的な違和感がわずかに感じられるような気がする。そこで、私としていちばん好ましいのは、管楽器と弦楽の組み合わせではないかと思う。それがひじょうにバランスのいい波動になるのだ。

というわけで、クラリネット協奏曲、フルート協奏曲、フルートとハープのための協奏曲、クラリネット五重奏曲、オーボエ四重奏曲、フルート四重奏曲、管楽器とピアノのための五重奏曲・・あたりだ。交響曲やピアノ協奏曲なども、オーケストラには管楽器が必ず入るから大丈夫。

前置きが長いが最近のマイブームは「クラリネット協奏曲」である。
この曲について、昔はよく人生論的な感傷的文章をよく見かけた。人生の哀愁だとか、諦観の境地だとか・・
もちろんそんな「意味づけ」は無用。私にとってこれは「天界の波動」。天使的音楽ということだ。
ただ、第二楽章など、このような波動の世界は、この地球の物質次元にはまったく存在しないため、こういう世界に接するとそれが「死の向こう側の世界」であるかのように感じる人がいるのも、無理からぬところかもしれない。そのへんが、「死を前にした境地」だという解釈を生むことになったのではなかろうか。

しかしべつに、死ななければそういう世界に行けないわけではない。そのためにこの音楽が存在する。
向こうにあるものは今ここにもあるはずだ。

演奏については、モーツァルト全般にマリナーを好んでいる。
それは、天使的音楽にふさわしい「無垢の遊戯性」をもっとも表現しているモーツァルトであるように感じるからである。イルカがぴちぴち海面ではねているような感じのモーツァルトなのだ。(レクイエム、ハ短調ミサなど「合唱もの」はヘレヴェッヘの演奏もよい)

マリナーとライスターのコンビでいうことなしですね。三回続けて聴いてもあきません。

B00000410DMozart: Clarinet Concerto in A; Sonata in B flat; Bassoon Concerto in B flat
Klaus Thunemann Stephen Orton Karl Leister
Philips 1989-10-19


※注:この文章は個人的好みを述べたものにすぎず、それが万人にお勧めするものだということは言っておりません。

シベリウスはタオの音楽

ひさびさに聴いたけど、シベリウスの音楽はかなりgoodである。
これは言うなればタオ・ミュージックかもね。つまり目に見える自然の「手前」にあるエネルギーの流動のようなものが感じられるのだが。

きょうは洗礼者ヨハネの日なのだそうで、本来なら「ニュルンベルクのマイスタージンガー」でも聴かねばならないところだが、シベリウスに走っていた。

特に交響曲5~7番! その後は、3番とヴァイオリン協奏曲かな。
2番ってのが有名だけど、シベリウスの真価は5番以降にある。

いってみればドイツ音楽が「京都」だとすればシベリウスは「北海道」かな(なんじゃそりゃ)。
つまり、ぶあつく堆積しているものがなく、自然の流動する「気」がごく近くにあるという感覚というか。
やっぱ、タオですよ~
フィンランドって一回行ってみたいですね。冬はパスだが・・

演奏は定評のあるベルグルント指揮ヘルシンキ・フィルがよろしいのではなかろうか。
この「ひんやり」した感触はなんともいえません。

Sibelius: Symphonies Nos. 5-7; The Oceanides; Finlandia; TapiolaSibelius: Symphonies Nos. 5-7; The Oceanides; Finlandia; Tapiola
Jean Sibelius Paavo Berglund Helsinki Philharmonic Orchestra


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もひとつ「ドイツ・レクイエム」のこと

今日のエントリーは趣味に走っております。
この前の「ドイツ・レクイエム」について、「フルトヴェングラーのCDも音は悪くないから聴け!」というようなメールが来た。この場を借りてご厚意に感謝しますが、どうもフルトヴェングラーのことを書くとメールが来ることが多いような気がする。

私はCDコレクションの鬼ではないので、いくら好きな曲だといってもその曲の演奏をことごとく集めてしまうようなことはない。世の中には、入手すべきCDのリストを作ってそれを集めることに気合いを入れている人もいれば、自分の気に入ったCDに当たったらそれ以上集めようとせずそればかり聴いている、というタイプがあるかもしれない。どうも前者は男性に多く、後者は女性に多いような気がする。ことごとくを「制覇」しようとか、少しでもよいものを求めてあくなく追求するといった行為はオス的な所業なのかもしれません。私は他の男と比較して、「男性性・女性性」の比率が違っているようで、女性性の比率が高くなっておるようです。それはともかく、

ちょっとネット検索してみたら、ドイツ・レクイエムCD紹介のページの多いこと。
その中で、私の聞いた5,6枚のCDの印象とほぼ一致していたのが、次のページである。
http://www5.airnet.ne.jp/kawahara/Brahms-dreq.htm

私が最初に聴いたクレンペラー盤については、

このディスクに関しては不満点は音質のみなんですが、これがそれなりに問題ではあって、とくに限界ギリギリの最強奏のところになるとどうしても音が割れるというか響きが濁ってくるところなど演奏自体の迫力からしていかにも惜しいです。

まったく同感。私としては、この最高潮のところで音が割れるというのは致命的!! というのは、私は音楽を一種の「エネルギーの流れ」として聴いているわけで、盛り上がったところで音が割れると、そこまで上り詰めていたエネルギーが解放されずに残ってしまうのである。これが私はどうにも耐えられないくらい不快なことなのだ。大きな宇宙へとエネルギーを一気に解き放つ瞬間こそ最高の至福なので、それが損なわれてしまうのはこの曲を聴く意味がないと言ってもいいくらい。私も、本当に惜しいと思う。

ヘレヴェッヘの演奏については

ヘレヴェッヘ盤の演奏は古楽器アンサンブルの原色的な音色の美感が十二分に発揮された演奏で、その響きの美しさが強い個性を形成していると思います。⑦のガーディナー盤の演奏においては古楽器オーケストラをガンガン鳴らすことによる荒々しい音彩の表出が演奏の迫力を強めていたのに対し、古楽器オーケストラの力感が巧妙に調整されているこちらのヘレヴェッヘ盤の演奏においては音響的な迫力というよりはむしろ、響きの透明感、細やかな色彩美という面において際立ったものがあり、声楽の広がりの充実感という点でもガーディナー盤を一歩凌いでいる感があります。敢えて不満点を挙げるなら、演奏の性格上総じて響きにある種の濃密性が弱く、「ブラームスを聴いている」という感じがそれほどしない点でしょうか。

きわめて妥当な批評で、異論ないです。私としてはそういう、伝統的な「ブラームスっぽさ」がないところが逆によい。ヘレヴェッヘの演奏は、必死に救済を求めて血へどを吐くような魂の叫び、ではないわけだ。言ってみれば、最初から最後まで至福の世界にいて、そこから歌い出しているドイツ・レクイエムなのである。そこがカール・リヒター的なものと対極にあるヘレヴェッヘの音楽性なので、それがいいという人はすごくいいし、いや、やっぱり血を吐くような魂の叫びでなければ、という人は他の演奏を聴けばいいだろう、ということ。このヘレヴェッヘの演奏は決して「鎮魂」ではないので、それとは別のもの。誤解を招く表現かもしれないが、「人間」というより、「宇宙の調和」を表現しているもの。(だからヘレヴェッヘの受難曲はつまらないかもしれない)
ただ、ソプラノ独唱はちょっと物足りなさが残るかもしれない。それは他にいいのがたくさんあるから。

ちなみに「ペンギンガイド」によれば、ガーディナーが鍵マークにロゼッタ。アバドのDVDが鍵マーク。あと三つ星はプレヴィンの2枚、クレンペラー、ノリントンのみ、モノラル参考記録の三つ星がケンペとカラヤン。こちらは「保守的なイギリス人の趣味」としての参考である。

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